お前には覚悟がなかったのか?って聞かれれば答えはNOだ。

そんなことすら予想できなかったのか?って聞かれればそれに対してもNOなんだろう。


俺はごく普通の、平和な日本に生まれた一高校生だ。

目の前で誰かが殺されるなんて、テレビの、しかもドラマでしか見たこともないし

歴史で教えられる戦争なんて、まるで遠い世界の

自分にはけして降りかからない出来事だと思っていた。



元々王様になんてなりたいだなんて思ったこともないし
誰かの上にたって皆を引っ張るなんて俺には思ったこともない。

けど、こっちの世界は俺のいた日本と違ってすべて武力で片付けようとしていた。

それは間違いだって。戦争なんて起こしたって犠牲が増えるだけなんだって。

それだけ伝えたくて

俺にしかそれができないと言うなら
俺が選ばれた王だって言うのなら



やってやる。


そう誓ったのことに、嘘はない。


だけど・・・。


俺が王様だから?


だから皆が前線にたって、俺のために命を落としていく?


・・・・おかしいよな?


民を犠牲にして成り立つ王なんて俺は尊敬したくないし
憧れも希望も抱かない。

そんな王なんかに俺はなりたくなんてない。


綺麗ごとだって言われたらそれまでだけど
でも嫌だったんだ。

目の前で誰かが死ぬのは。

関係のない罪のない人たちが殺しあうのは

それはおかしいんだって。

それは間違いなんだって。

争う必要がないことはしなくていいんだって、止めたかった。


だから、おかしいよな?こんなのっ。

俺を守るために皆が、俺の大事な仲間が、俺の目の前で倒れてくなんて。


俺の臣下だから?

俺の婚約者だから?

そのためにお前は命を落とすって言うのか。

俺のためにお前は命を捨てるって言うのかっ

誰かのために捨てていい命なんてこの世にはありはしないんだよ。

一人でもかけていい命なんてあるわけないんだっ

なあ、そうだろ!?


ヴォルフラム・・・・!!!








水中華_______________12






あたり一帯に煙が立ち込める。
それはまるで全ての視界を隠す雲のように。

僕たちから視界を奪いまるで少しの希望も生み出せないように
失望へと変えられていく、熱い炎。


痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い・・・っ。


違う・・・。


これは彼の痛み。


僕ではない、彼の・・。

ああ、また僕は行かせてしまったのか・・・・。

引き止めることだってできたのに。

また自分は誰かの背中に守られて、誰かの後ろに回ってばかりで

結局、こうして永らえている。


また繰り替えすというのか?  この悪夢を。


彼を・・・、渋谷を失うことだけは避けたかった。

やっと見つけた希望なのだ。

4千年かけて、やっと・・・!

彼を失うのだけは・・・・。

それだけはなんとしてでも避けなければと・・・。


けど、渋谷にはフォンビーレフェルト卿が必要なのは誰が見ても明らかだったし
きっと彼を失ってしまったら渋谷が・・。

王としての素質、希望、やる気を失ってしまう・・・。

分かっていたのに・・・っ。





けど。


あの時、いっそ渋谷が殺されるくらいなら、と
その身を捧げにいった、彼を・・・僕は止めることなどできなかった。

そう・・・彼は以前・・。





___________

『猊下、一つ、聞きたいことがある。』

『なんだい・・?』

『箱は、正式な鍵で開ければ、その箱を制御できるものなのか?』


以前、”地の果て”を目の前に、本当は”風の終わり”であるコンラートの腕が使われそうになった時
それは本来の鍵ではないから、使ったら暴走する、と。この、大賢者は言っていた。

ならば・・・、陶土の劫火の鍵で、ある僕が、自ら箱を開けた場合は箱を制御できるものだろうか?

その箱に押さえられている創主ですら?


ずっと疑問に思っていたことだった。そうであるならば、何かしら希望は見える、と・・。

王を・・・ユーリを守ることだって、できるかもしれない、と・・。





それに対し、僕ははっきりとイエスとは答えられなかった。

何しろ、前例がない。

4千年前、創主を倒し、箱に封印して以来、箱は一度たりとも開けてはいないのだ。


・・・仮に、正式な鍵で開けたとしても、その強大な創主の力を制御できるとは言いがたかったし
何しろ、僕たちは創主の力を4つに分け、箱に封印した。

誰が・・正式な鍵であればあの、創主達を制御できるなどと、思ったのだろう。

人間達の都合のいい、考えが生んだ仮説にすぎない。

それでも・・・もしかしたらと・・・っ。


彼はそこを信じて、希望を見出していたのかもしれない。

ユーリが殺されるのなら・・!一寸の迷いも見せず強い瞳で向かって行った彼に僕も何かしら期待をしてしまっていたとでも言うのか。


渋谷だけは何としてでも守らなければいけないと思っていた。

だからと言って創主を開けていいはずがない。

フォンビーレフェルト卿を犠牲にしていいはずなんか・・・


”鍵”を使っていいはず、なんか、なかったんだ・・・!!





________________








「・・・・・ヴォルフ・・・。」


「・・・・・。」


「ヴォルフラム・・・!!・・・・ぉぃ・・。どこ・・だよ!?返事しろよぉ!!・・ヴォルフっ!!!」


「陛下、いけませんっ」

「放せよヨザック!!!俺はヴォルフをヴォルフを・・・っ!!」

今にも炎の柱に突っ込んで行こうとするユーリをヨザックは後ろから押さえ込んだ。


「いいえ、放せません!このまま陛下が飛び込んでいってなんになるって言うんです!!」

「けど・・・っヴォルフがあの中に・・・っヴォルフがいるんだよ・・っヴォルフ・・・!!」


鍵が自ら、その箱の前に立ち
もう開きかけていた箱はすでに力を発し、その蓋を押し上げた。

たちまち箱の封印は解かれ灼熱の炎をまとった火柱があがった。目の前にある”鍵”を呑み込み。


その柱は、何かを訴えるように、ゆらゆらと炎を揺らめかせ
少しずつ、周りの景色を蝕んでいく。


「いけません!陛下!!ここにいては・・っ」

「けど・・・っヴォルフがあそこにいるのに・・・!!俺が俺が行かなきゃっ放せよ・・・っ!!  アイツは・・・俺の変わりに・・・!!」


炎の柱はどんどんと大きくなり、人や町、建物を呑み込んでいった。








「いけません!サラレギー陛下っ。お下がりを・・!・・・うぁああああ!!」

あがる柱を唖然と見上げその場にへたり込んでいるサラレギーの元へ近づこうとした兵士も炎のなかに呑まれていく。

「・・・・これが・・・・創主の力・・・。」

ここで開いたというのか、ついに・・待ち望んだ箱が・・!
ゴォオオオーーー。とけたたましく近づいてくる柱に圧倒されながらも、サラレギーはけしてそこを動こうとはしなかった。

そうだ・・このまま、全て・・すべて・・

小シマロン、大シマロン、聖砂国でさえ、滅ぼしてしまえばいい。

消えていく、全て・・・・。








「陛下・・・・っ本当にもう早く・・・っ!!」

ヨザックはその場を動こうとしない、むしろ柱に向かおうとするユーリを必死に逆方向へ引っ張る。


「嫌だ・・・っ俺は・・・アイツをアイツを・・!・・うぐっ・・!!」

いきなり、そう、首の後ろを強く手で弾かれるような痛み。

「く・・・っ・・ヨザックっっ・・お前っっ・・!!」

見上げればとたん揺らぐ視界。
吐き気と共に嗚咽を吐いた。

「う・・ぐっ・・ゲホッゲホッ・・・っ!」


「処分は、眞魔国へ帰ったら、いくらでも受けますっ。陛下のお好きなように。しかし、今は・・っ!
 貴方を安全なところまでお連れするのが、俺の役目ですっ!」

「・・・っ・・・!」

分かってる分かってるさ、そんなこと・・・っ。

俺は魔王だ。こいつらが王である俺を見放せないことくらい・・・っ

けど、今ヴォルフを放っておいていいはずがないっ
アイツを探さなきゃ!アイツを・・・!





『それに・・!もし・・・もしもだぞ。ヴォルフが火が怖いって言うなら
 自分の力じゃどうしようもないって言うなら、俺が、俺が止めてやるよ。』


『なんてたって俺の魔術は水だぜ。火は水で消えるんだ!
   な?だから心配すんなって。


     ……な?』





以前、本当に不安げに告げるヴォルフに俺が言ってやった言葉。

なあそうだろ?

お前の火は俺が消してやるから、だから心配するなって。

俺がお前を守ってやるって。


あの時、ずっと・・・誓って・・・!!


くそ・・・っ何で視界が曇ってくるんだよ・・っ

まだ、まだ俺何もできないって言うのに

魔力が集まる気配も何もないんだっ。


なんで・・・!なんで・・・・・・!!

身体がガタガタと震える、手に、足に力が入らなくなってくのが分かる。


嫌だ・・・っ嫌だ・・・っ

このままじゃアイツがアイツが・・!!

俺は遠のく意識に思いっきり手を伸ばしそれに耐えようとする。

「う・・っく・・・っ」

意識が落ちる直前俺は必死に声を絞りだした。

「・・・村田・・・っ!!ヴォルフを・・・ヴォルフを・・・っ!!」

最後に捕らえた視界に、親友の姿を捕らえ必死に搾り出す。

狭まる視界と息苦しくなる煙の中俺の意識はそこで無力にも閉ざされていった。





もどかしかった。

何で・・俺はいつもお前に守られてばかりで

いざって時に、俺は・・お前を救えもしないで・・・っ。

お前に・・・まだ好きだって。

ずっと好きだったんだって。

伝えることも、

お前の笑顔も向ける瞳も何もかも俺には掛け替えのないものだったんだって。

何一つお前には伝えることはできていなかったのにっ


なんで・・・・っなんで・・・っ


なんでこうなっちまうんだよ・・!!


ヴォルフラム______!!!!








「猊下も早くお下がりを・・・!」

ヨザックが意識を失った渋谷を抱え肩に担ぎ上げた。
一切その視界を炎の柱から反らさず、ただ箱のあった方角へと見つめてる賢者に。


「・・ああ。・・・君は渋谷を早く安全なところへ。  先に行ってくれ。」


「猊下は・・?」


「僕もすぐ、後から行くよ。」


”けど、彼を置いてはいけないから。”


一瞬躊躇した彼だったが、ヨザックは種を返し船へと走りだした。

意識を失ってもなお、涙を流す双黒の王を抱えたまま。


「フォンクライスト卿、君は行かないのかい?渋谷の元へ。」

「・・・・貴方一人を置いては行けません。」

「・・・・そう・・。」

「これは、・・・陛下のためでも、眞魔国のためでもあるんです。私は、承知しております。」


ああ、きっと彼も気づいている。

このままじゃダメだって。

渋谷がダメになるって。


「そうか・・・じゃあ、”彼”を・・・無事、渋谷の元へ帰してあげないと・・。」

「ええ、私も力の限り、お手伝いいたします。」


炎の柱はある一定方向にはけして伸びては来なかった。

そう、”ゆらゆらと揺れるその柱”は


何かを訴えるかのように強く揺らめき

そして暖かい光でこちら側を包み込んだ。








・・・ユーリ達を守ったのだ。



















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