「渋谷の上様化が解けない・・・?」

「・・・・・。」


今朝方、血盟城からの知らせで急いで 眞王廟から来てみればこの騒ぎ。 何分内密に。とのことだが、いきなり過ぎて自分にはさっぱりだ。


あの後、一日、いや一晩経てばいつもどおりユーリに戻っているかと思われた 魔王、渋谷有利はなぜか上様化が解けないままでいた。

「何かあったの・・?」

「・・・いや・・。」

あったな・・・。

はあ、とため息が一つ漏れる。村田は吐いた時に下がった眼鏡を慣れた手つきでくいっと上げると

今目の前にいる金色とエメラルドグリーンの瞳を持つ可愛い婚約者、もとい、 魔王の婚約者であるフォンビーレフェルト卿、ヴォルフラムを見つめた。

「じゃあ、聞きなおそう。昨晩、渋谷となんかあった?」

うっ・・。と言葉に詰まる彼はしどろもどろだ。

喧嘩したのか?だとしたらこの反応は変だ。 それとも彼が一方的に渋谷を怒らせた?

ならば彼のこの反応も少しはなっとくできる。 だが怒っただけでわざわざ上様になることなんてあるだろうか?

「・・・・ねえ?」

「な、なんだ・・。」

1歩2歩と後ずさる彼の腕を捕まえ、耳元で呟く。


「渋谷に、なんかされちゃった・・?」 「・・・・っ・・!!」

バッと腕を振り払い距離を取られる。

思ったとおりの反応にそれが正解なのだと伝えられた。


口をパクパクさせながら後ずさる様子はとっても可愛らしいのだけれど。

「ぼ、ぼくは・・・ぼくは・・。っ〜〜〜!!」 うわああーーーと真っ赤になって去っていく彼は止める間もなく、姿を消してしまった。

「なに?あれ。」

消えていった人物の方角を指しながら、隣で苦笑いを浮かべる次男に問いかけても 笑って肩を竦められるだけだった。








虹色時計_______2






走った。


自分がどこに向かおうとしてるのかも分からず

頭で逃げ出してるだけだって


意味はないのだと、認めながらも、

僕はただただ、あそこを離れたい一心でその場を駆け出した。





「ヴォルフラム、どうした?こんなところで。」

「ユ、ユーリ・・ッ」

しばらく進んだ中庭で、かけられた声に振り向けば、そこにいたのは双黒の魔王。

しかし、それは見慣れた姿ではなく。

髪も伸び、目つきもいつもよりつりあがりな瞳。

「どうした?やはり、まだ痛むのか?」

「いや、なんでもない・・・。」

ヴォルフラムは咄嗟に距離を取ろうとするが、その腕をとられ、逃げ場を失う。





「痛いのなら我慢をするな。余が治して進ぜよう。」

「・・・っ。」


触るな・・!

そう言って振りほどいてしまいたかった。

昨日の今日、なのだ。

誰が平静を保っていられよう。


「だ、大丈夫だ・・」

放せ。そう睨みきかせても相手はビクともしなかった。





「遠慮するでない。」

耳元でそう呟かれると嫌でも、昨日の情事が思い出される。





昨夜、





あの後、いきなり上様化したユーリに、身体を清めるだの、癒しの術を使われ

果てまで、風呂で後処理まで一緒にされたのだ。

顔にその時のことが思い出され一気に身体の血液が顔に集まる。

恥ずかしさでどうにかなりそうだった。


けど、なぜユーリはいきなり上様化してしまったのだろう?


あの時。


ユーリの様子がおかしいのはなんとなく気づいてた。

何かに戸惑っていることも。

きっと何か怖い夢でも見たのだろう、と。

だからその不安を少しでも取り除いてあげられたら、と思ったのに・・。

ユーリを困らせていたのは紛れもない僕自身。


こちらをまっすぐ見つめる瞳はなぜか何かを探るような視線をしていて・・。


あの時、そうだあの時、気づいてあげるべきだったんだ。


婚約者の僕が気づかないで、ユーリの思うが侭にすればいいと思ったのに


こんなにも距離が開いてしまうなんて。





おかしいだろ・・?


・おかしいって、何が・・?


だって、俺達男どおし・・


・それが、それだけが、お前を迷わす火種なのか


僕が女であればいいとお前は言うのか


違う・・!違うけど・・・。


違わない・・・。


けど・・!けど俺は・・!





お前のこと____!








「プー、まだ何処か痛むのか?」

はっと、我に返る。

そうだ、今目の前には見慣れぬ魔王のユーリがいる。 このままでは彼が・・。

「・・・痛くない。・・お前こそ、もうこれ以上魔力を使うのはよせ。  何故そのままの姿でいるんだ?ユーリはどうした?」

疑問はいくつかあったが、このままではユーリの身体にきっと負担がかかる。 少し魔力を使っただけで、最初の頃は何日も眠っていたのだ。


「余がユーリだ。」

「・・・・・。」


「渋谷有利、・・・この国の魔王であろう。」


そう、それは紛れもない事実。


この目の前にいる人物はユーリであってユーリでない。


「お前は・・・、ユーリ、なんだな・・?」 確かめるように声に出す。


「余を疑うのか?」


「そうじゃない、・・・・ただ。」

昨日のユーリの態度、上様になってからのユーリの態度。


あまりにも違う彼の態度に戸惑うのだ。だったら昨日のユーリは何だというんだ。

男同士だと拒む彼は?

あの婚約は間違いだったと、否定する彼は?


「・・お前が、ユーリと同じで、ユーリと同じ意志を持つというのなら、  何故僕に触れたがる?何故僕の側にいようとする!?」


そうだ、”ユーリ”は昨日、それを拒んだ。

僕をあんなふうに抱きながらも、終わった後は  全て間違いだったと、僕になすりつけ

天津さえ、睨むようなその瞳は、出てけ。と今すぐこの部屋から出てけ。と訴えていた。

・・・少なくとも自分にはそう感じた。


「余がお前を愛しているからだ。」


「何を・・ばかな・・・。」


愛?


愛されているものか


愛されているのなら何故ユーリはあんな態度をとった・・?


僕のことがずっと嫌いで


けど優しいユーリはそれをずっと言えなくて


我慢し続けた結果がこれだ。





「やはり、お前はユーリでは・・っ」


「余はユーリで、あって魔王。 ・・・渋谷有利だ。」


そんなもの、信じられるわけが・・・。


「・・無理をするな、」


まだ完全に昨日の痛みが消えていなかったんだろう。 立ちくらみしそうになった僕を上様がそっと抱きとめる。


「まだ完全には治っておらんようだな。」


「いいっ・・もういいから放せ・・っ」


腕を伸ばし突っぱねて距離を取ろうとするが 僕が身じろぎできないほどに、キツク抱きしめられた。


「お主が余の言うことを信じるまで放さない。」


「・・・・。」


正直、その腕に抱きとめられると胸の鼓動があがって仕方がなかった。


今目の前にいるユーリはユーリであってユーリでない。

ギリッと奥歯を噛み締める。


ユーリじゃない・・・のに・・っ。

やはり恋焦がれた相手にこうして包み込まれるように抱きしめられると


何もかも忘れて身をゆだねてしまいたくなる。


「ユーリ・・っユーリなんだな?」


そこまで言うのならと、


「じゃあ・・・お前は本当に僕を・・?」


確信が、確かな証拠がほしかった。


「お主は余の婚約者であろう?」


その言葉に迷いなく頷く。 けど、本当のユーリはそれを望んでいないのではないだろうか。 という不安は一向に消えてはくれない。


「僕は・・・・。ユーリがどうしたいのか、分からない。けど、ユーリと一緒にいたい、離れたくない  それが真実だ。それが僕の気持ちだ。」


「なら、離れなければよい。」


「余はお主を手放すつもりはないのだからな。」


「ユーリ・・・・。」











その日からも、上様の行動は明らかにユーリとは違い 僕の側に積極的に来るようになった。 執務室にしも僕を何かと呼びつけては、二人っきりにし、手を伸ばしては触れてくる。


「こ、こらっ!ユーリ、執務中だぞ!」


「少し、休憩だ。お主にこうして触れていると心が休まる・・。」


カアアアア、と頬に熱が篭るのがわかった。


上様になってからのユーリはすごく積極的で、今までにない言葉を僕にくれた。 「おぬしの側にいたいのだ。これくらい許せ。」


頬に、額に、唇にと落とされる口付けに、僕は戸惑いながらも答えた。


それから、1週間が過ぎようとして、相変わらずユーリは上様のままだった。








「そろそろ渋谷の魔力が心配だ。」


様子を聞きつけた猊下が、眞王廟から血盟上に訪れ 皆を呼び寄せた。





「ええ、しかし陛下はいったいどうされたというのでしょう?こんなにも上様でいらっしゃるなんて非常に珍しい。」


「ああ、基本的に上様は渋谷の押さえ切れなくなった感情、そのものだからね。それがずっと放出されてるような  ものだから、そのうち魔力が尽きてしまうかもしれない。」


ユーリの魔力が尽きる? 魔族にとって魔力とは命の源とも言えるくらい大切なのだ。


ぞく・・っ。


「・・・・このままだと、ユーリはどうなるんだ・・?」


「最悪、死ぬかもしれない。」


ユーリが死ぬ?


「・・・っ!!嫌だ・・っそんなの・・絶対に・・!」


「・・・・だったら、彼を地球に返すしかないよ。魔力を回復するにあたって、一番いいのは渋谷が地球に戻ることなんだ。
 なぜ、眞王が何回も、渋谷を呼び寄せては地球に戻していたんだと思う?その魔力のバランスを整えるためだ。」


「ユーリの・・?」

「ああ、しばらく向こうに行ってからは魔力が回復するまでこちらに戻ってこれないと思って欲しい。」

「・・・・。」

「その間の執務や、他の国の情勢。それは君達にまかせて大丈夫だね?」

村田がグエンダルとギュンターを見据えた。

「ああ、まかせておけ。」

「陛下を頼みます。猊下。」


「フォンビーレフェルト卿。君もそれでいいね?」


ユーリがいなくなる。

しばらく帰って来ない。


「・・・・ユーリが、ユーリがそれで助かるのなら、僕はそれで構わない。」


「分かった。じゃあ渋谷は連れて行くことにするよ。」





______________





「ユーリ、」


「心配するでない。用が済んだらすぐにでも戻ってこよう。」


しかしヴォルフラムには漠然としない不安が残った。


そう、あれ以来、”ユーリ”とは話していない。
あれ以降ずっと自分が接しているのは上様なのだ。


もし、次戻って来た時、ユーリだったら?


自分はどう接していいのか分からないままでいた。


彼は自分を必要としていてくれているのか、それとも邪険にされているのか。 それすらも分からない、不安でいっぱいだった。


次会ったら何を言われる・・・?


何を・・。


どんな仕打ちを


言葉を


打ち付けられる・・・?





「大丈夫だ、ユーリはそなたを愛している。」


「そんなもの分からない・・・。」


抱きしめてくれる腕に身をまかせ、その服をぎゅっと握った。


「必ず戻ってくる。だから・・今しばらく・・・」


両頬を捕らえられ、唇に触れるだけのキスをして、そっと離れた。


「そうだよ、フォンビーレフェルト卿、君もそれまで心の準備をしておくといい。  だから、それまで・・。」


僕はそれに黙って頷くしかなかった。








__________








ほどなくして、 僕と渋谷は、無事、地球に戻された。


どうやら、どこかの噴水のようだ。





「渋谷大丈夫かい?」


急いで後ろを振り返るとユーリの髪の長さもいつもどおり戻っていた。 どうやら、上様化も解けたらしい。


「なんだ、こっちに来ればそんなに簡単に戻るんだったら、もっと早く来ればよかったね。  まったく上様化した君がフォンビーレフェルト卿と離れるのを嫌がるから。・・渋谷?」


様子がおかしい、


話しかけても一向に顔をあげずに唖然と手元を見ているユーリに 村田は声をかけた。

「おい、渋谷、どうし・・」

よく見ると、彼は小刻みに震えながら


自分の両手をじっと見つめ

唇を震わせながら言葉を発っした。


「・・・・に・・・し・・。」


「・・・・え?」


「俺・・・・ヴォルフに何・・した?」





「ヴォルフに・・なに・・っ」





震える彼を駆け寄って支えようとするがその身体は仰向けのままバシャーんと倒れていった。

最後に水しぶきだけが波紋のように広がり・・・。


「渋谷・・・!渋谷・・!」


遠くで村田の声が聞こえた気がしたが、俺の意識は真っ白い世界で覆われ、 うっすら映る視界には

遠く離れていくヴォルフラムの背中が見えた気がした。






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