opportunity_______________1






魔王業もそれなりに様になってきた頃。
地球では俺はもう大学に進学していた。

とくにサークルには入らなかった。
俺が入った大学は実家から通うには遠いので一人暮らしを始めた頃だ。

ざわざわ。

なんだ・・?

大学からの帰り道近くの公園で珍しく人だかりができている。
特に興味もなくそのまま通り過ぎようとしたが

みろよ、あれ、 生きてんのか・・?   外人・・?

そんな言葉にちらっと視線をやった時だった。
水につかる金髪
上半身をかろうじて噴水の塀に押し上げられたような形でそこに伏せていたのは
紛れもない俺の婚約者だった。

「・・!?・・ヴォルフ!?・・ヴォルフなのか!?」

俺は急いで人を掻き分け、近寄るとその身体を噴水の中から引き上げた。

「おい!ヴォルフ!しっかりしろっ・・お前なんで・・・。」

ぐったりと身体を横たえたまま意識がない相手に必死に声をかける。

「ヴォルフっ!!ヴォルフラムっ!!」

意識が戻るように頬をぺちぺちと叩く。
すると、綺麗な睫毛を震わせ、エメラルドが覗いた。

「・・ユー、リ・・?」
「ヴォルフ・・!」

そのあとすぐに意識を失った彼を背負いマンションの自室に向かった。
すみません、通して下さいっ。
幸い、人だかりはヴォルフが気づいたのと同時に散りばめられていき、
いつまでも好奇心の視線を背中に感じることはなかった。



部屋に着くと俺のベットに寝かした。
濡れた服のまま放置するわけにはいかないので、適当にタオルで水気を取ると
俺の服を着せる。

相変わらず細くとても軍人とは思えない身体。
今まだって何度も一緒に風呂に入ったことはあったけどあんまり見ないようにしてた。
別に女の子ような柔らかい乳があるわけでもないのに、肩まで使ってるヴォルフに何度、こいつは男だと言い聞かせたことか

「・・・ヴォルフ」

額に掛かった髪をそっと撫でる。

彼が地球に来るなんて、

眞魔国で何かあったのか?

どうやってお前がここに・・?

皆はどうしてる?





聞きたいことは山ほどあるのに、なぜか無理に起こすことは拒まれた。



最近は期末テストやレポートなどもたまってきてバイトも重なってたから
ここ一月くらい俺は向こうに行っていない。
最初のスタツアの頃は3ヶ月くらい間をあけることもあったし、なんとも思わなかったが
向こうの世界では5倍くらいの速さで進んでいるのということは、
こいつにとっては、俺と半年も会ってなかったことになる。

もう見慣れたはずの綺麗な顔をみつめた。
繊維が透き通ったようなきらめく金髪、綺麗に整ったまつげ。絹のような白い肌。
・・・可愛い・・。確かにこいつは可愛い。
今までにだって何度だって思った。綺麗だと、可愛いと。

けど、やっぱりダメだんだよ。・・こいつは男だ。いくら考えたって拭いようのない事実。超えられない壁。

・・・・・。

考えてもキリがない。俺は村田に電話することにした。こういう時は大賢者に相談してみなきゃな!



『・・・村田?』
『渋谷、どうしたの?あ、もしかしてまた試合の臨時マネージャだなんて』
『ちげーよ。・・・ヴォルフがこっちに来た。』
『え?・・フォンビーレフェルト卿が?』
『ああ、今日いきなり、近くの噴水からスタツアしてきたみたいで』
『・・・・・。』
『それで、今からヴォルフ送り返すからお前俺んち来てくれよ。』
『・・・無理だね。』
『・・・はあ!?』
『言っただろ、僕しばらく海外留学でカナダに行くって。』
『・・う、そういえば・・。』
『別に僕が居なくても君一人でも向こうにいけるじゃないか』
『ダメだった。・・行けなかったんだよ。さっき試しに風呂場からためしてみたけど何にも反応なし。』
『・・・・。』
『村田、もしかしたら向こうで何か起こってるのかもしれないし早く』
『それなら、フォンビーレフェルト卿が起きたら直接聞けばいいだろ?』
『そうだけど・・。』
『とにかく早くてもそっちに行けるのは1ヶ月後だから、それまで頑張ってよ。』
『え、あ、おい。・・村田!?』


ツー。ツー。ツー。

え、そんなんありですか?村田さん・・。

俺は唖然と携帯の画面を見つめていた。



ガタっと寝室の方で物音がする、
ヴォルフが起きたんだ、俺はズボンに携帯を押し込むと足早に向かう。

「・・・ヴォルフ?」

「・・・・っ!」

綺麗なエメラルドを目いっぱいに開いて、俺に見えていた。
相当驚いたのだろう、彼のこんな顔はを見るのは久々だ。

「ユーリ・・?」

逆光で俺の姿が見えないのだろう
すぐに部屋の電気をつけ中に入った。

「良かったヴォルフ、お前なんでこっちに・・。」

近づいた瞬間ぎゅっとしがみつかれる。
急なことに足は覚束なくなったが、なんとか踏みとどまる。

「・・あっちでなんかあった?」

「・・・・。」

フルフルと首を振りながら背中に回した手で服をぎゅっと掴んできた。
俺も腕を回して頭を撫でてやる。

「いきなりのスタツアじゃ、びっくりするよな。俺も初めてん時は気持ち悪くて」

「お前船酔いひどいし、辛かっただろ、大丈夫かー?」

正直ヴォルフにこうやって抱きつかれるのは珍しい。
寝てるときは数え切れないほどあるが・・・。

いつもの彼らしくない態度に、なんとか場をなだめ様と陽気な声が漏れる。

そのうち落ち着いてきたのか、ヴォルフは身体を離し、すまない。と一言だけ告げた。



「どうしたんだよ。」 聞けば、ヴォルフは眞王廟に使いに行った帰りに中央の噴水からこちらに運ばれてしまったらしい。
いや、あそこは俺も確かによく使うけど、・・なんでこいつが!?



ここはどこだ?とか何故ユーリが、一人で暮らしてるのか?
散々色んなことを聞いた後、
話終わって肩の荷が下りたのか、ほっとしたような顔で、そのうち目をトロンとさせている。
「眠いなら寝ちまえって。」
正直、聞きたいこと、話したいことは他にもあったが
俺はヴォルフの肩を押しベットに寝かしつける。
「・・だが・・。」
「いいから。お前、いきなりのスタツアでまだ気持ち悪いんだろう?無理すんな。」

しばらく考えるように俺を見つめたり下を向いたりしていたが、睡魔に負けたのだろう。
「・・・。」
そのうち小さくお礼をいい、天使の笑みで微笑まれるとこっちも笑顔で返したくなる。
こいつが何でこっちに来たのかちょっと、どうでもよくなりかけるくらい可愛い笑みだ。
いかんいかん、と首を振りつつ、ふいにヴォルフが手を差し出してくる。

「ん?どうした?」
「手・・。」


と思いつつ、俺も手を差し出すときゅっと握られる。

ニコっ。



「・・・・・。」



就寝時間僅か3秒。

ぐぐぴ、ぐぐぴと聞こえるのは熟睡の証拠。



あのぉ・・・手、繋いだままなんですけど。













「おい、ヴォルフ!・・起きろ!起きろって!」

「・・・・。ぐぐ・・ぴ。」

「ヴォルフ!頼むから起きてくれーっ」

次の日。
俺はいつもより1時間も早く起き、朝ごはんやら何やら仕度を始めた。
さすがにヴォルフに何も言わずに大学に行くわけにはいかないし
かといって置手紙だけでは、ヴォルフのことだ。へたしたら探しかねない。

なんとか彼を起こし、食卓に着かせるとテーブル越しに大学の説明をする。
俺が夕方まで帰ってこれないこと、この部屋から絶対に出ないことを何度も説明する。
しかし、ヴォルフはまだ半起き状態でうとうとと、首を何度も落としながらも俺の言葉にうなずいていた。

さすがにこれだけ言えば大丈夫だろう。

最後に戸締りだけは俺が徹底的に確認して家を出た。
最後まで目元をこすりながら夢うつつなヴォルフだったけど、大丈夫だろうか・・?
これはもう信じるしかない・・。
でなければ自分が大学に遅刻してしまう。
今日は早めに帰ってこよう、と急いで駆け出した。













「ユーリ、今日も遅いのか・・?」
「無理言うなよ、バイトだって、言ったろ?」

俺はヴォルフに背を向けながら答える。靴の紐を結びなおしてたからだ。



あれから何度もスタツアを試みたものの、状況は変わらなかった。
ヴォルフは俺の言うことをなんとか聞き入ってくれて
(ぶつぶつと小言は言っていたが。)
部屋からは出ないでいてくれるし、比較的大人しくしてくれている。

しかし、この監禁状態でもう2週間が過ぎた。
日に日にヴォルフの顔は曇っていき、「ユーリ!」と迎えてくれる笑顔も安心したような笑みも最初の頃よりだいぶ暗い。

「バイトというのは、働いて金を稼ぐことなんだろう?・・・だったら僕もしたい。
 ・・・このままユーリに迷惑をかけるのは・・・。」
「迷惑なんて言ってないだろ、・・・勝手に出歩かれる方が迷惑だよ。いいから大人しくしてろって。」
「・・・っ。しかし!このままでは!」
「そのうち村田が来たらなんとかなるから!・・それまで我慢しろよっ。」

俺は吐き捨てるように言うとそのまま部屋を飛び出した。
もう構ってられるかっ。





・・・ヴォルフは、悪くない・・。
悪くないんだ・・。
そういい聞かせてみるものの、一向にもやもやは収まらない。

・・・俺が、・・・俺が悪いんだ。

日に日に弱くなってくヴォルフなんて見たくないのに。

アイツを閉じ込めて、そうさせてるのは俺。

だからと言ってヴォルフを外に出すことには抵抗があった。
眞魔国だったら、アイツの故郷だし、俺が居なくたってヴォルフのことを知ってる人はたくさんいる
慕ってる人も、頼りになる人も。

だが、ここは地球だ。
・・・アイツの知り合いなんていない。
頼れる奴も。ヴォルフのことだ、へたに誰かに騙されて、大事に巻き込まれる可能性だってある。
そんなことには、絶対にしたくない。


帰せれば、帰せればいいんだ。____眞魔国へ。





しかし、現実はやはりそう上手くいかなかった。



「コンラートだったら?」

その日もちょっとしたことで揉め合いになった。

「え?」

「コンラートだったら?お前は・・一人歩きだって何も言わなかったんじゃないのか?」



・・・。

確かに。コンラッドなら俺なんかいなくても一人でだって大丈夫だって胸張って言えるだろう。
彼は前にアメリカに一人で来させられ。何日か滞在した。

俺の無言に感じ取ったのか

「・・ほら、お前は、やはり僕を信用していないんじゃないか。」

床を見ながら吐き捨てるように言われた台詞にカッとなって声をはりあげた。

「・・・っ!違う・・!そりゃあコンラッドは前にも地球来たことあるし、一人でだって俺は何も言わないけど
 お前は、一人だと、どっか行っちゃうだろう!?それだけじゃない、絶対俺に迷惑かける!」

心配なんだよっ。・・・わかれよ・・。ヴォルフ。

「かけないっ・・ユーリにそんなっ!・・・もういいっ。僕のことは放っておいてくれ!!
 ・・・っ魔王がっいちいち臣下のこと気にしてどうする!!」

手を悔しそうにぎゅっと握り、叫ぶように吐き捨てられる。その顔は今にも泣き出しそうだった。



なんで、お前は・・・・。



「・・臣下じゃないだろ。・・・婚約者だろ・・?」

俺の言葉にトゲがあるのを感じ取ったのか、ヴォルフは押し黙った。

「・・・・。」

「・・・・お前が、言ってたんだろ?」

その言葉に金髪を揺らしてゆっくりとうなずく。



「・・・なあ、お前。なんで俺の婚約者なんだよ。」



自分でも分かるくらい低い声だった。

ずっと聞きたかった、聞けなかったこと。

聞けばきっと何かが変わるのを予感していた。

俺はそれを恐れていたのかも知れない。

この状況に、こいつのと関係に心地よさすら感じてしまっていたから。

けど、そんな淡い考えも、ここ数週間の関係で崩壊し始めた。



その言葉にヴォルフがビクッと肩を揺らした。

「・・ユーリが・・求婚・・した・・から。」

「・・俺が・・?俺が求婚したから?あの時、俺が、お前の頬打ったから?・・・ならお前は、
 あの時俺に頬打たれなきゃここにいないのかよ。・・・俺の傍にいないのかよ!!」



「・・・っ」

ヴォルフが必死に首を振る。
違う、違うっ。と小さく呟きながらぽたぽたと床にしずくが落ちた。



しばらくして膝をついたヴォルフに俺がそっと近づく。

「・・・・。」

「・・・・ヴォルフ。」

涙を流し続ける頬にそっと手を添えると、びくりとヴォルフが縮こまる。

「・・・・なあ、もう無理だ。こんなの。」

その言葉にヴォルフラムの表情が、ますます強張った。

俺はゆっくりと首をふり、

「俺の、お袋のとこ行くか?」

「・・・・。」

ヴォルフを実家に預ける。それは自分の頭の中で何度も考え、・・そして否定した。

家族には眞魔国のことを話したことはなかったし、ヴォルフがもし、形だけとは言え婚約者だとばれたら、
あのお袋のことだ。へたに話を進めかねない。

そんなことには絶対させたくなかった。俺は結局はヴォルフを信じてなかったのかもしれない。
こいつとそんなことに、そんな逃げ場のない状況にただ、自分が追い込まれたくなかった。

そう、ただの一人で自分勝手な、俺の自我。



「・・・なあ、分かれよ、ヴォルフ。」

俺の言葉に、ヴォルフは小さく震えながら頷いた。





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____________________ 最後の台詞、「俺の自我」で「俺のエゴ」って読んでいただけると嬉しいです。

この先、続きます。次か次くらいで完結。いちおハッピーエンド。
空回りするユヴォっていうか、ヴォルフを閉じ込める陛下が書きたかったのかも。
ここまで読んでくださりありがとうございました!

2011 2/3