「しーぶや、聞いてる!?」

「・・・え?」



あー。そういや、今は学園祭の準備のためのミーティング中だった。
「ごめん。・・・何?」
「最近、上の空じゃん。どうしたの?」
「・・・別に何でもないよ。」


高校に入ってから俺はだいぶ変わったかもしれない。
いや、正確には魔王業についてからか・・・。
前は女子とあまり接するのに慣れてなくて、声かけられただけでテンパっちゃってたし。
こうして落ち着いて話せるようになったのも向こうでの成果かもしれない。

「知ってる?皆うわさしてるよ?渋谷きっと彼女に振られたんだって。」

「はあ・・!?」
あまりのことに声がうわずる。
「だってちょっと前まで、終わったら即帰ってた渋谷が最近は終わってもただぼーっとしちゃってさ。
 きっと夢中になってた彼女に遊ばれて捨てられたんじゃないの?って皆思ってるよ。」
周りのを見ると興味本位のたくさんの視線を感じた。
中にはそんなこと聞いちゃ駄目だよっ。と小言を言ってる女子までいる。

「・・・っ・・ちげーし!勝手に決めんな!」





ヴォルフを預けて1週間がたった。
その間何度も実家に足を運びそうになったが止めた。
・・・迎えにいって何になる?
またこの間の繰り返しか。
せめて様子だけでも、と携帯を片手にとっては躊躇する自分がいた。





opportunity_______________2






「ねえねえ、ヴォルちゃん!これなんかどうかしら??」

「はい、とてもお似合いだと思います。」

ヴォルフラムは渋谷美子と買い物に来ていた。
大きなショッピングモールはそれこそ初めてで、最初は始終キョロキョロとしてしまったが
嬉しそうにニコニコとこっちよ!と先導してくれる美子にヴォルフラムも次第に笑顔になっていった。

「あ、じゃあこっちはどうかしら?」

そう言ってひらっと前に服を掲げる女性らしいしぐさにクスッと笑みが漏れる。

「はい、そちらもよく・・」
「あら、違うわよ。これはヴォルちゃんに」
語尾にハートでもついてそうなイントネーションと笑顔を向けられ戸惑いがちに苦笑う。
「しかし、それは女性物では?僕では着こなせません。」
「そんなことないわ、ヴォルちゃん。とーっても可愛いもの!絶対似合うわ〜v」

かわらず曖昧な笑みを返す。
母親とはこういうものなのだろうか?
確かに自分のよく知る上王ツェリもよく自分に女物を着せたがったが・・。
と しばらく間をおき、ニコッと微笑まれる。
「よかった・・・。」

「・・・え・・?」

「ヴォルちゃんあまり元気なかったでしょう?ユーちゃんと喧嘩でもしたのかなー?って思ってたんだけど
 ユーちゃんに聞いても答えてくれないし。」
鏡に当てては見ていた美子の視線が急に自分に降りかかる。
「・・・・ねえヴォルちゃんって本当にユーちゃんの臣下さんなだけ・・・?」

・・・・・。
どういう意味だろう。・・・自分はユーリの臣下にすら見えないのだろうか・・・。
・・・確かに。あの時ユーリに連れて来られ、「しばらく預かってほしい。」
とテーブル越しにソファーに座って話したユーリ。
そんな状況で確かに、魔王と臣下という関係には見えないくらい、僕は落ち込んでいたのだろう。
むしろ魔王が臣下を実家に預けるなど・・。



『・・臣下じゃないだろ。・・・婚約者だろ・・?』



ユーリは・・・僕のことを婚約者だと認めている・・のか?



『・・・・お前が、言ってたんだろ?』

そう。僕が言ってただけ、なんだ・・・。ユーリの気持ちなんて無視して・・・一方的に。



『・・・なあ、分かれよ、ヴォルフ。』



____________ユーリは僕に何を望んでるのだろう?





眞魔国のことや魔族。あちらの世界のことを全部話していた。
それを黙って聞いていたユーリのご両親。
ユーリも最初は信じてもらえないだろうと言っていたが
二人とも元々承知の上だったようで、ユーリのほうが驚いていた。



「・・・またしばらくしたら、村田とくるから。
 そしたら返してやれるし。・・・・じゃあ、な。」
そう言って僕をおいて行った、ユーリはけして振り返ったりはしなかった。

その背中に、声には出せずとも何度も読んだのに・・・・。



「・・・・・・。」
思わず口元に手をやる。その時の状況をひどく鮮明に思い出して胸が痛くなった。

「ああ!ごめんなさいね。そうじゃないの。ただ、あの子が頼ってくるなんてホント久々だったから。」

急に青冷めたヴォルフにかけよりあわてて否定する。

「ほら、大学入って一人暮らし始めちゃってからは全然家に来てくれないし
 ユーちゃんに毎日電話してね!って言ってもユーちゃんったらまったく掛けてきてくれないし。
 ・・・・そんなあの子がヴォルちゃんを預かってほしいなんて、
 ヴォルちゃんってよっぽどユーちゃんにとって大切な存在なんじゃないかな?って思ったの。」



大切・・・?誰が・・・?僕が・・・?ユーリに、とって・・・。



「そんなはず・・・・。」

ヴォルフラムは胸元の手をキュッとつかんだ。

「大丈夫。そのうちゆーちゃん必ず顔を見せに来てくれるわよ。」

だから元気出して?ね?

明るく励ましてくれる美子に、自分がここで落ち込んでいては迷惑がかかると判断したヴォルフラムは
笑顔を取り戻し、スッと背筋を伸ばした。

これ以上迷惑はかけてはならない。自分の身勝手さでこれ以上・・・。ユーリの。
魔王陛下のご家族に負担がかかることはなんとしても避けたかった。

「はい、ありがとうございます。・・・。僕でよければ・・・。」



***************



『それでね、それでね!通る人みーんなが!ヴォルちゃんのこと振り返るのよ〜〜〜!!
 やっぱり、ママのセンスに間違いはなかったわ!すっごく似合ってるんだから〜まさに地上に舞い降りた天使ね!』
『・・・そんで?・・ヴォルフは・・?』
ちょうど掛けようか迷っていた実家からの思わぬ着信で勢いで出てみたものの
予想通りの母親の声にちょっとばかり落ち込んでいる自分がいた。
・・・・ヴォルフなわけないのに。
興奮気味に話す母親の声に呆れたため息が出る。

っていうか、あいつお袋の見立てた服着たんじゃ・・。

『おい、それって・・。』

『あっヴォルちゃんなら今、お風呂に入ってるわよ。もー、ゆーちゃんたまにはこっちに顔出すくらいしてあげなきゃ!』

『・・・・・・・・。』
相変わらず人の話をまともに聞かない。
お袋の反応からすると十中八九ヴォルフが着せられたのは女物だろう。

『あんま、ヴォルフで遊ぶなよ。』
『心配ならゆーちゃんも来ればいいじゃない。ヴォルちゃんすっごく落ち込んでたのよ?』
『・・・・・・。』
『・・・・あっ!!ヴォルちゃんこっち!ゆーちゃんが出てるから!』
『え・・?あっおい!』

お袋の声が遠くなる。
受話器の向こうでなにやら話してるようだが、・・・え・?ヴォルフが出んの・・・?

『・・・・・・・。』
俺はらしくもなく身構えた。何でだろ。ただ電話で話すだけなのに。
あいつとなんていつも気軽に話してただろ・・。

『・・・・・・・。』
『・・・・ヴォルフ?』 なんとなく相手が受話器を取ったような音を聞いた気がして声を出してみた。

『・・・っ・・。』
なんとなく・・・。だけど。あいつがビクついたのが伝わって胸にどす黒い感情が生まれるような気さえした。

なんで、俺なんかに脅えるだよ。

『・・・ユーリ・・?』
やがて確かめるようにヴォルフの声が返ってくる。

『あー・・。お前電話始めてだっけ?』
『・・・ああ。』
『こうやって離れてても会話ができるんだよ。便利だよな。』

そうだ。ヴォルフと変な空気になればこうやって俺が場を持たせていた。
いつもどおり。いつもどおり。

目を閉じ念じるように頭に繰り返す。

『どう?そっちは・・。慣れたか?』
『・・ああ。母上も父上も、すごくよく接して下さる。どうやら兄上は今ニホンにいないらしいのだが・・。』
『勝利なんて呼び捨ててでいいって。』

ホント律儀な奴。コンラートが聞いたら泣くぞ。
自然と会話の中で笑みが漏れたような気がして安心する。
なんだ。変わんないよな・・・。

『・・・ユーリ。』
『・・・ん・・?』
『・・・眞魔国に戻ったら話したいことがある。』
『なんだよ。話ならここですればいいだろ?・・何?』

気のせいだろうか?

『・・・いや、今は・・いい。』

それを・・・聞きたくないと思ってしまうのは。

『なんだよ・・・。言いにくいこと?』
『・・・・・。』
『・・・・・。』
『・・・分かった。分かったよ。・・・向こうに戻れてからな。』
『・・・・・ああ。』

また連絡するから。

それだけ言って俺は携帯の通話ボタンを切った。

なんでかな、もう、切れてるはずなのに。
最後に・・・。あいつの名を呼んだのは・・・。



**************





「・・・・・っ・・。」

バタンッと大きな音をたてて僕は自分に与えられた部屋に駆け込んだ。

ドアを背にずるずるとしゃがみこむ。

『ユーリ・・・眞魔国に戻ったら』
『・・・ん?・・。』



ユーリ、ユーリ、ユーリ・・・っ。

大好きなユーリの部屋。

見渡せばユーリが好きだと言っていた野球のポスターが張ってある。

主はいなくともこの部屋にユーリの温もりすら感じるこの部屋で、僕は。

けして自分では下したくない結論をした。



『・・・なあ、お前。____なんで俺の婚約者なんだよ。』



『・・ユーリが・・求婚・・した・・から。』



きっかけなんて。   こんな小さなことだったのに。



「・・・・っ・・うっ・・くうぅっ・・・。」



涙があとからあとから、とめどなく頬を伝って。思わず顔を覆った。
嗚咽が漏れるのを必死に耐える。

『・・・なあ、分かれよ、ヴォルフ。』



分かった。分かったさ。

お前の気持ちなんて痛いくらい。



『・・・俺の傍にいないのかよ!!』



ユーリはただ。恐れてるだけだ。

婚約者でなくなったら僕が、気軽に話せる相手がいなくなることに。



もし・・・・破棄されたって・・・。

僕の忠誠は変わらず、お前だけに捧げているのに。



『・・・なあ、なんでお前俺の・・・。』



お前は へなちょこ だからな。



きっとお前には一生かかっても僕との関係を決断する度胸はないんだろ。



やさしいユーリ。

誰かが傷つくのも。傷つけるのも嫌いなお前だから。

僕を傷つけることすら嫌うお前だから。



だから僕が背中を押してやる。

踏み出せないお前を力強く支えてやれるのは、他でもない僕だ。



魔王の望みを叶えるのが僕の務めだ。



だから、僕。





フォンビーレフェルト、ヴォルフラムは。





魔王陛下との婚約を破棄しよう。







next




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思ったより長くなりました。次で終わりです。
色々かみ合わない二人。
ここまで読んでくださりありがとうございました!

2011 2/16