『ねえ?誰が君を拒んだと思う?』


誰が・・・・?


ユーリが・・・?


『どうして君は、帰れないのかな・・?』


もしそれを誰かが、意図的にやっているとしたら


『渋谷は、もう自分の魔力を自在に操ることができるのに。』



きっと・・・。僕は、もう、



向こうには、帰れない。



『そう、そんなことができる人物は、ただ一人。』





opportunity_______________3






「やあ、渋谷。元気にしてた?」

「・・・・・遅い。」

ユーリの一人暮らしの部屋にやけに明るい雰囲気で尋ねてきたのは村田だった。
右手をあげてにこやかに

いや、こっちに帰ったら真っ先に来てくれって言ったのは俺だけど・・。



「あれー?そんなこと言っていいのかなー?じゃあ僕帰ろうかなーー?」

「わー待てって!!」

本当に引き返しそうになった村田を慌てて引き止める。
急いで靴を履き、村田と供に玄関を出ようとするが

「いいの?・・・本当にこのまま帰して。」

「・・・?どういう意味だよ。ヴォルフは帰りたがってるだろ。」

「僕ここに来る前に、渋谷の実家寄ってきたんだ。彼と喧嘩でもした?」

「・・・・ヴォルフ怒ってたのか?」

「怒らせるようなことしたの?」

「・・・別に。」

怒らせては・・・ないはず、だ。

電話に出た彼の声は落ち着いていたし、元気はあるとは言えないが
怒ってるような声でもなかった。

ふいに、携帯の着信音が鳴り響く。

見慣れたはずの宛先からの着信に疑問に思いながらも、すぐに出ることにした。

ピッ

『ゆーちゃん!大変っヴォルちゃんが居なくなっちゃったのよっ!』

勢い良く聞こえてきたのは慌てたお袋の声だった。

「渋谷・・?」

『は?何言って、・・・近くに出かけたとかじゃ』

『それが、置き手紙残していなくなっちゃって!とにかく早く来てゆーちゃん!』

プツ。俺は急いで携帯を切ると部屋を飛び出す。

「渋谷?いったいどうし

「ヴォルフがいなくなったって。急いで実家行くぞ。村田も来てくれっ!

村田の腕を引き部屋から出ると急いで鍵を閉め駅に向かった。



分かんねえ、分かんねえっ、分かんねえよっ!!ヴォルフ・・っっ!!



***********



実家から一番近い駅についてからも俺と村田は全力で走った。
家につく頃には二人とも息が上がっていた。
と言っても村田はまだ姿すら確認できないが・・・。

ハアハアと肩で大きく息を吸いながら玄関を開ける。

「ヴォルフっ!!」

勢いよく扉を開け、中に入ってみるものの、期待した声は返ってはこなかった。
それから奥の方でぱたぱたと掛けて来る足音がする。

「ゆーちゃん!これ!」

そう言ってお袋が差し出したのは一通の手紙。

眞魔国語で書かれているからお袋には読めなかったんだろう。



なんで、こんな物・・・。



あいつから手紙を貰うのなんて、いつも俺が向こうに行ったときに遠征してた場合か
ビーレフェルトに帰ってる時に帰りの知らせを入れた時しか覚えがない。

らしくもなく、のどを鳴らして 二つ折りにされた手紙を開いた。



【 父上、母上、短い間でしたがお世話になりました。

  勝手なことかとはおもいますが、一人でしばらく考える時間をとらせて頂きたく

     出家させて頂くことにしました。

  お二人に良くしていただいたこと、けして忘れません。とても嬉しかったです。ありがとうございました。



  最後に、ユーリ。僕との婚約は破棄してくれていい。

     お前の、望んでいた関係になれなくて、踏み切れなくて、すまなかった。

     お前のことを誰よりも一番近くで支えたかった。傍にいたかったんだ。

  それがお前の負担になっていたことも知らずに、僕は。

  自分の気持ちばかりを押し付けてしまった。・・・本当にすまない。

  だが、これだけは信じて、欲しい。・・・僕は誰よりもお前を愛してる。

  誰よりも敬愛していた、魔王陛下へ。   】



くしゃっと手紙をにぎり潰す。



ヴォルフッッ

なんで、なんでだよっ

婚約破棄?

なんでそうなんだよっ

「・・・・ヴォルフは・・?」

顔をあげられずにユーリは問いかける。

手紙を持ってる指の感覚が分からない。それがかすかに震えていたのも・・。

問いにたいして美子はただ泣きそうな顔をして首を振るだけだった。

「なんて?なんて書いてあるの!ゆーちゃんっ!!」



バンッ



「はあ、はあ・・。やっと・・・追い、つい・・・た・・。
 もう、渋谷・・・、君飛ばしすぎ。  少しは文科系の・・僕のこと・・・・。渋谷・・?」



入ってみれば固まってる二人に疑問が浮かぶ。

けんちゃん・・・。と寂しそうに呟く美子がいるだけだった。

村田はそっとユーリの手から手紙を取るとさっと目を通す。

なるほど・・・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・。

「そうか・・・。やはり彼は・・。」

「村田っっ!なんだよっ!お前何か知ってたのか!?」

「知ってた・・。と言うよりは、ある程度、予想は、してた、かな。」

「どいうことだよっ俺にも分かるように説明しろよっ!!」

ぐっと強く胸倉を捕まれる。



彼が関われば、こんなにも動揺することに未だに君は何とも思ってないの・・?



「・・・・・・・。」

ユーリの瞳が困惑に揺らぐ。


「・・・お前、まさか・・・。」


・・・・今更・・。



「何かヴォルフに言ったのか!?そうだろっ!なに言ったんだよ!村田っ!!」


_________渋谷。


君は、気づかなくちゃいけない。


これはもう、最後のチャンスなんだ。

僕と”彼”が最後に与えた。


そっと渋谷が掴んでる腕に手を充てる。


「渋谷・・・。君が今しなきゃいけないことは、何だい?僕を問い詰めること?」

うっすらと笑みを浮かべながら問いかける村田に、ユーリはただ困惑するだけだ。

違うだろ? 本当はもう、とっくに分かってるくせに。

「もっと他に、しなきゃならないこと、あるんじゃないの?」

「・・・っ・・。」

「ヴォルフを・・・探してくる。」

「それが、懸命だね。 早く行きなよ。」

放された胸元をそっと正す。

「お袋、なんか分かったらすぐに連絡くれ。」

「・・分かったわ。気をつけてね!ゆーちゃんっ」

タッと掛けていく渋谷に呆れたため息が漏れながら。

パタン。



玄関の扉が静かに閉められた。



そう、それでいいんだよ。君は・・・・。

ただ、単にここで慌てふためくことが、魔王である君の務めかい?



違うだろ?



もっと、本当は・・・・。



「演技派ね。・・・ケンちゃん。」

「・・・・美子さんこそ。」

「にしても・・・大丈夫かしら?ヴォルちゃん・・。」

「大丈夫ですよ、きっと。」



  渋谷なら。



**********



はあ、はあっ。

ヴォルフ・・・。

ヴォルフっ・・・・・。





**********





『・・・・どういうことだ・・?』

『言葉の通りだよ。』

そう、君は拒まれた。

”彼”によって。

ヴォルフラムからさーっと血の気が引いていく。

自分の置かれた立場がどれほど危険な意味をもたらすのか、

『眞王陛下が・・。』

それが分からないほど、君は愚かではなかったね。

『なぜ・・・?・・僕は何かしてしまったのか?』

自分の気づかないうちに、眞王陛下の気に障ることでもしてしまったのだろうか?

拒まれた? 誰に・・?ユーリ・・・に・・・?

ち    が     う



眞魔国では絶対的な意味をもつ・・・眞王陛下に_____。



ドクンドクンと心臓が早く高鳴りだした。



   眞魔国では眞王の言葉は絶対だ。

それがいかなる人物でも、それに背けた者などいない。

例えそれが魔王陛下であっても。

魔王____。



ユーリ・・・・。



ヴォルフラムはそっと、目を閉じた。



帰れなくなるかもしれない。 

それは・・

誰の元に____。

こちらに送られてきたのは本当に突然だった。

ユーリの滞在が僅かにしかなく、前回からだいぶ間が空いてしまっていたから・・。

早く帰ってくればいいのにと、何度も思った。

最近では執務も疎外国との応接もめっきり上手くなったユーリは、近隣諸国や国民からとても支持を受け
魔王としても立派なったと思う。

けど・・・。僕との関係は相変わらずだった。

回りからは婚約をして随分経つのにまだ結婚されないのか

お相手が召さないのなら、我々が見合いの場を。という者まで現れた。

しかし、ユーリはそれをすべて断った。

まだ、自分には早いと・・・。笑いながら。

ならば、___何故自分との婚約を破棄しない?

ユーリが本気で拒めば、臣下である僕など簡単に追いやることができるのに___。





は、・・・それに甘えて縋りついたのは僕だ。

ユーリが本気で拒めないのをいいことに、近づき利用したのは、この僕だった。



『・・眞王陛下が呆れるわけだな・・。』



かすかに震える唇からやっと声が出せた時には、それを床に吐き出すことしかできなくて。



待ったんだ。いつもいつも待ち続けて。

いつかユーリが自分を見てくれるかもしれないと待ち続けた。



ユーリは本当は何とも思ってないと知りながらも

いつか・・・・いつか自分に振り向いてくれるのではないかと

自分をみつめてくれる時が来るんじゃないかと。



ユーリのことを追いかけるのが好きだった。

近くにいれることが何よりも嬉しかったから。

アイツが自分に笑いかけてくれるのも

楽しさを共有することも。全てが____。



・・・・・・・ユーリ。



熱いものが胸をこみ上げて、視界が滲む。



好きだった。



本当に・・・    ずっと。



こんなにも誰かを好きになったことなんてなかった。

気づけばいつも追っていて、近くにいれないのなら、今は何をしているのだろう?と考えた。

次、ユーリに会ったらどんな話をしてやろう。

ユーリは何を話してくれるだろうか。どんな言葉に耳を傾けてくれる?

僕のことを・・・少しは思ってくれたり、するんだろうか・・?





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