「陛下、南の国境付近で魔族達を発見。恐らく、こちらに向かわれているかと・・。」

「・・・そうか・・。」

ククッと喉を鳴らし笑いが漏れる。

予想通り。

あのお人よしのユーリのことだ。

自分の婚約者が死と直面していて見捨てるわけがない。

不可抗力とはいえ、イェルシーに術をかけさせるのは覿面だったか。



もうすぐ・・・もうすぐ箱が開く。

手に入るのだ。
ずっと待ちわびた。

・・・・奇跡の箱を。



「さあ、おいで、ユーリ!」



準備は、整った。








水中華_______________10






小シマロンの城に向かう手前

休憩、いや、最後の作戦会議だ。

村田の考えた案はこうだった。



「一つ、サラレギーを捕らえ、術者を聞き出すこと。
 二つ、自力で術者を見つけ出す。・・・まあ、理想は術者も箱も手に入れることだけど
 どちらも優先しては恐らく上手くいくことはないだろう。」



それにヴォルフがゆっくりと首を振った。

「僕のことは優先しなくていい。箱を優先してくれ。」



「俺が嫌なんだよ。」

「ユーリ。」

繋いでた手をぎゅっと強く握られた。

「お前は俺達と一緒に眞魔国に帰る。絶対だ。」

「・・・・・。」

「・・・まあそうだね。だが、このまま正面突破すれば恐らく戦闘は避けられない。
 ・・・・それでも・・?」

「戦争はしない。」



「渋谷・・。」



意志の強い瞳で見つめ返してくる。その瞳には一寸の揺らぎもない。
こういう時の彼は絶対に意見を変えない。

「はあ、分かった。なるべく戦闘は避けよう。」

しかし、防戦一方では・・。恐らくこちらが不利だ。

渋谷も恐らくもうあれほど巨大な魔力は使えない。

地球に一度行って回復した常態でならばいいが、
何しろ魔力を使ってから1日も経っていないのだ。

いつもなら、あれほど大きいな消耗をすれば眠っているはずなのに・・。

「愛のちからって・・強力だねえ。」



「村田・・?」



それに小さく首を振って誤魔化すと森の入り口で見張りしてる彼を指す。

「ヨザック・・。」

「少し、彼のとこに行って話しでもしてくるよ。」

お二人はごゆっくり。と手を振りながら身を返す。





「猊下・・。」

「どうかしたのかい?」

近づけば彼はある方向をじっとみつめていた。

「いや・・な〜んか、変な気配っていうか、妙な視線を感じるんですよねぇ。」

「ふーん。」

村田も目を閉じ、周りの気配に集中する。

「ま、俺の気のせいですよ。」

森とは逆方向に歩き出したヨザックとは別に村田は、気配を感じる方向に足を踏み入れた。

小シマロンの兵たちか・・?
いや、でも人間のような気配でもない。

そろそろ、こちらの動きも察知してサラレギーに報告がいってるくらいではあるか、とは思ったが。

茂みに足を踏み入れたところで、ピタと足を止めた。

いる。

あの木の後ろ。

誰かを呼んできた方がいいだろか・・?

しかし相手に警戒するような気配を感じても、こちらに危害を加えてくるような気配は感じなかった。

その方向を見続けてしばらく経ったあと、すっと身を現した人物に村田は目を見張った。

「君は・・・・!!」







昨晩、二人で散々声をあげて泣いたあと、二人とも泣きつかれ寄りそうように一つのベットで眠った。

離したくなかった。このぬくもりを。

一度は失うと恐怖した存在。

抱きしめてその身が腕の中にあるということにユーリはひどく安心した。



無くさずにすんだ。  怖かった。 お前がまたいなくなりそうで。



朝日が窓からキラキラと差込、重くなった瞼をそっと開ける。

ああきっと腫れてるな、と昨日泣きすぎたことに苦笑いしながら、
目の前の天使の寝顔をみつめた。

よく見れば相手の目元も赤くなっていた。

あれだけ泣けば当然か。と思いながら、そっと涙の痕を親指で撫でた。

蜂蜜色の髪を透き、額に唇を押し当てる。

かああ、と頬に熱が集まるのを感じたが、後悔はしてない。

____だって、そうしたかったから。

唇を離しても、身体まで離すのは名残しくていつまでも髪を解いたり、相手の背中を撫でた。

時折、腰に腕を回してぎゅっと抱きしめてみた。

ひどく柔らかくて気持ちがいい。そのぬくもりに安心する自分がいる。

もう、好き、なんだろうな。って思った。

疑問ではなく、確信。

今の俺に、誰に側にいて欲しい?って聞かれれば間違いなくヴォルフって答えられる。

これからもずっと側にいて欲しい人は?って聞かれても、きっとそれもヴォルフだろう。

だって振り返ったら、迷ってたり、落ち込んだり、俺が辛くなった時

振り返れば、きっと。

迷いなく、大丈夫だ。と僕がいる。と

力強く、優しく、そっと自分の背中を押してくれるのは、彼なのだ。

他の誰でもなく、支えてくれるのはヴォルフだって。そう思えるから。

その時、腕の中のヴォルフがそっと身じろぎした。

え、あ、あ、お、おき・・?

久々にへなちょこ全快。だって好きだってやっと自覚した朝なのだ。

それでその、好きな相手は今まさに目の前の腕の中。

ここは男らしく、大人の笑みで(相手の方がよっぽど年上だけど。)
やさしく「おはよう。」と言うのが理想だろう!?

そうしてるうちに、ヴォルフがそっと瞼が開かれ、綺麗なエメラルドグリーンが覗いた。

「お、おはっ」

やべ、噛んだ。

「・・・ユーリ・・?」

俺に視線を写したかと思えばふわっと天使の笑みで微笑まれる。

「おはよう。」

見惚れてた俺は身じろぎすらできない。

だって、すっごく可愛かった。まさに天使の笑み。

ああ、先に言われた。と思いつつめげずに回してた腕をぎゅっと引き寄せ言い返す。

「おはよ、ヴォルフ・・。」

抱きしめてる体制をいいことに、そのまま蜂蜜色の髪に顔を埋める。きっと顔は真っ赤だ。

それにヴォルフが微笑むのが感じられて背中に回された手にきゅっと力が入ったのが分かった。

「久々に・・幸せな・・夢を見たんだ・・。」

「夢・・・?」

「ああ。」

捕らえられてる間は、もう悪夢なのか現実なのか分からない日常だった。
いま、こうしてユーリの側にいられて抱きしめられるだなんて、ひどく幸せだった。

「ユーリとグレタと3人で城下に遊びに行くんだ。グレタが3人でお揃いの物を買おうって言い出して
 お前は照れながらもちゃんと3人でお揃いにしてくれた。・・その後は一緒に食事をして買い物をして
 帰りに途中にある花がたくさん咲いてる高原でグレタと共に花冠を作ったりしてな
 お前を花まみれにしたものだ。・・嬉しそうだったし、僕も幸せだった。」

少し身を放して顔を覗き込めば、うっとりと、本当に、幸せそうに微笑むから。



「じゃあ、その夢叶えないとな。」

「え・・?」

「だってヴォルフの夢に俺が出てきて、それが叶えられる現実にできることなら、俺は叶えてやりたいよ。」

「・・・でも。」

「嬉しくない・・?」

フルフルと首を振って、その後満面の笑みで微笑まれれば、俺も言ってよかったって思える。

「・・・これからも、そうやって叶えてこうな。」

「これからも・・?」

「ああ、俺と一緒に。ヴォルフと一緒に。」

お前と一緒なら何でもできる気がする。
ちょっと大げさかもしれないけど、本当に、それくらいの自信があった。

「ユーリと一緒に・・?」

そう問いかけてくる瞳があまりにもキラキラしてたから。

俺は迷わず頷いた。

「ああ、ずっと一緒にいような。」

そう言ってぎゅっと抱きしめた。





抱きしめられた腕からそっと伝わってくるユーリの温もり。

あまりにも幸せすぎてこれが夢なのか?と疑いたくなるくらいに。

ずっと好きだったんだ。いつも追いかけて、自分の目が届くように。
それはずっと彼を見ていたかったから。

見てるだけで幸せだった、側にいられるだけで。

できればちゃんとした確信が欲しかったから、安心したかったから、
だから婚姻届も持ち歩いた。
ユーリとずっと側にいられる、これからも一緒にいられるって安心を。

けれどこんな形でユーリから側にいられることを確定してもらえるなんて思ってもみなかった。

大好きなユーリと抱きしめ合って、一緒に眠って、こうな風に幸せな時間を共有できるなら。

嬉しかった、幸福だった。

こんなにも大好きな人と出会えて側にいられて、それを受け入れてもらえるなんて

貴方になら命まで生涯かけて忠誠を誓えることを誇りに思った。

後悔は、ない。

















「やあ、ユーリ。待ってたよ」



城が見えた時、俺達は全員身構えた。
いつ襲われてもいいように、だが、以外にもあっさりと王座まで通された。

あの時のように。

今度は何を考えている?

あの時と違って今度はヨザックもギュンターも兵も皆通された。

中央には箱が置かれている。

どいうことだ?

俺達があれを盗みだすとは思っていないのだろうか?それともあれは、囮か。



「用件は分かってるよね?さあ、鍵を返して。」

ユーリはそれにキッと睨み返すと、右手に繋がれてる温もりをにぎった。

大丈夫だ、ここにいる。俺の側に。

ヴォルフラムと視線を交えてからサラレギーに視線を移した。

「ヴォルフラムは渡さない。箱も返してもらう。」

「ユーリ、それではあまりにも割りに合わないとは思わないかい?
 時間はあげたんだ。お別れの挨拶でもすましたんじゃないの?
 それとも・・・あの時のような強力な魔力を使って箱と共にここから抜け出すかい?」

そんなことできないだろうけど、と続ける様子から見てきっとサラは気づいてる。

もうこちらが魔力が使えないことも。

「フォンビーレフェルト卿。」

こそっと、村田がヴォルフに囁く。

「君はこれ以上、箱に近づいてはならないよ。いいね?」

「・・ああ。」

それにコクリと頷く。

箱から感じる嫌な気配。恐ろしくまるで生きているかのようにドクドクと脈打つ気配。

間違いなくあれは本物の箱だろう。

近づけばきっと、あの時のように周りの人間が燃え始める。





「なら、仕方ない。強硬手段を取らせてもらうまでだよ。」

サラがパチンと指を鳴らした。

そのとたん、小シマロンの兵達が一斉にユーリ達を囲う。

こちらの兵力はユーリ達も含めて30人程度に対し、相手はおよそ50人くらいはいるだろうか?

剣を構え今にも切りかかってきそうだ。

「君はなるべく殺したくなかったんだけど、・・まあ箱が開けばそれもどうでもいい。やって。」

サラレギーが言葉を発したとたん一斉に切りかかってくる兵達、
ヨザックやギュンターが「陛下お下がりを!」と

身を乗り出し剣を抜く。





「やめろっっ!!!!!」

ユーリが叫んだ瞬間、何か風とも違う結界のようなモノが吹きぬけた。

襲い掛かろうとした兵達はピタと動きを止め、腕から剣を落とし、
まるで力が抜けたようにパタパタと床に伏せていく。

「・・・・な・・に・・を・・。」

それに一番驚いたのはサラレギーだ。立ち上がりその光景を唖然と見据える。

そんな・・・まさか、自分の法力が打ち破られるはずがない。

ユーリは魔族だ。いくらなんでも私の法力を打ち消す力など・・・。

「くっ・・!!貴様ら立てっ!いますぐあいつらを始末しろっ!!」

バッと右手を振り下ろし兵達に指示しようとも、彼らはぼーっと前を眺めてるだけでサラレギーを見ようともしない。

「一体・・なにを・・。」

「無駄だよ。サラレギー。君の法力は打ち消せられた。・・彼によって。」

そう言った村田の後ろからすっと現れた少年。

淡い銀髪を漂わせた、その見覚えのある少年は・・・。

「イェルシー・・・貴様っっ!!」

「・・・・・。」





村田が森で会った人物はイェルシーだった。










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