『母上、どうして、僕には父上がいないんですか・・?』

『・・ヴォルフラム・・。』
『あ、いえ、今日ちっちゃい兄上と城下に降りた時に
 町の、僕と同じくらいの子供達が皆、父上と母上と供に僕達を迎えてくださって
 ・・・・それで・・・。』
『ヴォルフラムはお父様がいないと寂しい?』
『い、いえ!僕には母上がいます!叔父上も。それに兄上達も・・。』
『・・・ええ、そうね。・・皆、貴方のことを大切に思ってるわ。
 ・・・・・貴方のお父様はね。遠いとおいお空の上にいるのよ。』
『お空の?』
『そう、お空の上で私や貴方をいつでも見守って下さっているのよ』

母がにっこりと我が子に笑いかける。とても美しくとても儚くて



キィ・・


『母上、お呼びですか?』
『ああ、コンラッド。ヴォルフラムを部屋まで運んであげて。』
『はい。・・行こうヴォルフラム。』
『・・・はい。・・・おやすみなさい母上。』
『ええ、おやすみなさい。』

夜は嫌いだった。暗闇になれなくて。
いつも誰かと一緒に寝ていた。ヴォルフラムは暗い廊下の中
右手に感じる温もりにキュッと力を込め
先ほど母にした質問を2番目の兄にしようとした時だった。

『ねえ、どうして・・・』

『ではっこのまま奴らを野放しにしておくつもりか!!』

びくっ



『落ち着きなさい、グェンダルっ』
『これが落ち着いていられるかっ!!また人間供にいいようにされっ
 父上も・・・!!ヴォルフラムの父親だって!!奴らに殺されたんだぞ・・!!』



・・え・・・?

・・・・父上・・?人間・・・?



『ヴォルフラム、部屋に戻ろう。』
突然の怒鳴り声にヴォルフラムが足を止め、次男の後ろでびくびくと震えている。
『あ、あにうえ。ちっちゃいあにうえ・・・。』
『部屋に戻ろう・・。』

部屋の中ではまだ怒鳴り声が聞こえていたが、動かない弟を抱き上げると
コンラートは部屋まで運んでいった。

『兄上・・あにうえっ・・怖い・・怖いよぉっ。』
『大丈夫、大丈夫だよ。』

部屋に戻ってもヴォルフラムの震えは止まらなかった。

『人間・・いやっ・・いやだぁあああ』

わあああと泣き続ける弟にコンラートは、ただ、大丈夫と繰り返した・・・。





人間が嫌いだった。

何もかも奪う人間が。大切な父親も友達も
魔族という理由だけで奪う人間が許せなかった。








水中華_______________3






「ヴォルフが帰ってない!?」

ユーリ達はあれから1週間ほどで眞魔国に帰ってきた。

「ええ、陛下達と別れて以来行方知れずでして」



そんな・・・・・・。



きっと戻ってくれば前のように平和な様子を想像していたのに
ヴォルフに一番に会って伝えたいことも何度も頭の中で繰り返した。
次こちらに来れるのはいつかいつかと待ちわびたものだ。

なのに・・・ヴォルフがいない・・?

「なんで・・・捜索隊は!?」

確かにこちらに戻って来た時の皆の様子は慌しかったものだ。
目の前のギュンターでさえ、いつもの様子もなく真剣な顔をしてすぐに本題に入った。

「やっています。しかし、一向に何の手がかりもないのです。
 カヴァルケードやカロリアの方にもお願いして捜索しているのですが・・。」

ギュンターはらしくもなく請う垂れた。
彼もひどく疲れてる様子だった。
あちらで1週間でもこちらではもう2週間以上は当に過ぎていたのだ。

「居なくなったのは、僕達と別れてからなんだね?」

隣にいる村田が冷静に聞き返す。

「ええ、てっきり陛下と猊下と供にこちらに戻って来るかと。
 しかしウルリーケに確認したところお二人はあの後すぐ地球に帰られたと
 聞いていたので、ヴォルフラムもすぐに帰ってくると思っていたのですが・・。」



「ウルリーケ・・・?」



そうだウルリーケだ。彼女ならヴォルフラムの居場所が分かるかもしれない!

「渋谷・・!」
「陛下!お待ちを・・!」
二人の声にも耳を貸さず
俺はすぐに眞王廟に向かおうと、その場を駆け出した。







「あれは・・コッヒー?」

血盟城の門を出ようとした時コッヒーが何かを手に抱えてユーリの前に現れた。
その手に抱えられていたのは・・・・白い鳩・・。

「白鳩便・・?なんでこんな・・。」

よく見ると鳩は傷だらけだった。白い羽からは何かに切りつけられたかのように血が滲んでいる。
しかし怪我をしてからだいぶ経っているのか、その色は黒く濁っていた。

「どうやら、手紙を持っているね。」

後から追いついてきた村田は鳩からそっと手紙を引き抜くと、
すぐに医務室に運んであげるようコッヒーに指示をする。

「なんてっなんて書いてあるんだ!?村田!!」

必死に身を乗り出して手紙を覗き込んだ。
村田の手が微かに震えていることに一層の不安を覚える。



「・・サラレギー陛下が何か、不振な動きを・・。所々、濡れていて読めないけど
 恐らく襲撃されたようだ。」

「襲撃・・!?サラが・・!?」

「落ち着いて、渋谷。でもこれで彼は小シマロンに居る可能性が十分高くなった。」
「なんで落ち着いてられるんだよ!?ヴォルフは!?無事なのか!?」

「・・・・彼は、小シマロン王は”鍵”を欲しがっていた。」
「・・・鍵?それって、コンラッドの腕のことか・・?」

「彼も確かに”鍵”だ。しかし、彼が本当に欲しかったのは
 フォンビーレフェルト卿だったんだっ。」

村田がくしゃっと手紙を握り締める。

まさか・・・そんな・・・っ
彼が鍵を欲していたのは何となく気づいていたが・・
だが、なぜフォンビーレフェルト卿を・・・?
彼の鍵は・・・・・



「・・・村田、何だよ、ヴォルフラムがだってあいつは・・」

「・・フォンビーレフェルト卿は”鍵”だよ。禁忌の箱の一つ。凍土の劫火の。」

ヴォルフラムが鍵・・?聞いた瞬間息が詰まった。サアーっと血の気が引くような嫌な感じ。
「う、そだろ・・?なんで・・じゃあ、なんで!?今まで、言わなかったんだよお!?」

思わず掴みかかる俺にギュンターが必死に止めに入る。

「彼も、気づいていなかったんだ。このまま、互いに知らないほうが、彼のためにも
 ・・・君のためにもいいと思ったんだっ!」



俺のため・・?すっと力が抜けて掴んでいた手を離す。
ヴォルフが鍵だと知っていたら・・?そうだったとしても俺は別になんとも・・・。
けど、ヴォルフはどうだろう?コンラッドは行ってしまった。

ヴォルフは・・・?ヴォルフラムも自分の立場がどうのこうと俺から離れて行ったのか?

「陛下、猊下こうしてはいられません。急いで小シマロンに使いのものを。」

ギュンターが俺達の間に割って入る。
俺と村田の距離を取り冷静に物事を勧めようとするが
そんな悠長なことを言ってられる場合じゃなかった。



ヴォルフが襲われた?捕まった・・・?



俺の傍からいなくなる・・・?



肩に置かれた手を勢い欲振り払う。



「俺が行く・・・。」



「陛下・・!それは・・!」

「俺が行くんだ!アイツを!俺が、ヴォルフラムを助ける!」

そうだ、今度は俺が、俺があいつを助けるんだ。
いつも追いかけて来てくれた。
俺が今こうして魔王をやっていられるのもあいつがいてくれたからなんだ。



「もしかしたらサラレギーの目的は君かもしれない、それでも・・?」

「・・行くよ。」

・・・・村田は静かに、分かった。と一言答え、ギュンター達に急いで支持を出していた。
やっと帰ってきた王が再び不在になるのだ。
不在の間の執務もある。下手したら数週間、いやもっとかかるかもしれない。
他にも行くための馬車や船の準備も。
本当は魔王である俺の仕事なのかもしれない。
しかし今はもう・・ヴォルフラムのことしか頭になかった。



















焼け焦げたにおいがする。もう何度こんなことが繰り返された?

周りの焼死体は増えるばかりだった。





やめろ、死ぬぞっ

何度も静止の言葉をかけた。
しかし彼らは辞めない。震える手で僕の両腕を抱え箱に近づく。

その繰り返し。
もう霞む視界は光と影以外何一つ映してはくれなかった。

それでもガタガタと震えながら両腕を取る兵士達の気配は分かった。

彼らだって、死にたくはないのだ。

どうして、こんなことが・・・。



サラレギー。   



あいつだけは      許せない・・・。



















「まだ箱は開かないのか。」

「・・は、しかし彼が鍵であることは間違いないかと。」

小シマロンの王座でサラレギーは足を組みながらイラついていた。
「ならば、なぜ開かない・・?」

「完全に開いてはいないものの、開きかけてはいるものかと。
 ・・・その証拠に"鍵"を連れて箱に近づいた兵士2名が焼死しました。」

サラレギーがゆっくりと顔をあげる。
「・・それで、"鍵"は?」

「は、鍵も瀕死の状態ですが、かろうじて息はあるようです。」

炎の使い手による耐性の結果か、それもとも"鍵"だからか・・。

「ならばそのまま続けて。」
「し、しかしこのまま続けても兵の犠牲が増えるばかりで・・」

兵はうろたえながら必死に言葉を続けた。
目の前で自分と供に戦ってきた戦友が次々と亡くなっていくのだ。
できることなら阻止したかった。

「・・・はあ、やはり鍵の”部位”を突き止めなければ駄目か・・。」

ウェラー卿の鍵は「左腕」だった。「地の果て」の鍵は”ある者の左目”

ならば、やはり彼にも・・。



「今すぐ、鍵をここに連れて来て。」

「・・・は、し、しかし今”鍵”は動かせる状況ではないかと・・」

うろたえる兵をかすかに睨み、サラレギーは腰をあげた。

「ならば私が向かおう。」

箱が開きさえすれば、全てが終わる。

そう、全てが・・・。

静かに笑みを浮かべる君主を兵はただただ、怯えて見ていた。

















「いい格好だね。」

地下にある大きな広場。箱が中央に位置するその場所には。
大勢の兵達の死体と、金色の髪をもつ魔族が転がっていた。



「元王子が、見ものなものだ。」

返事はない。だが、微かに胸は上下していた。
・・・・生きている。

「別に見物に来たわけじゃないんだ。質問に答えてもらおうか」

うつ伏せに倒れてる身体を無理やり引き起こした。

「はぁ・・っ」

「息はあるみたいだね。・・・さあお前の”鍵”はどこ?」

身体は焼け焦げて煤だらけだ。
着ている服も元の色が分からないくらい黒く染め上げられていた。
掴みあげたサラレギーの手も僅かに汚れる。

「・・・・し・・る・・かっ。」

この期に及んでまだ反抗するのか。
目の前の相手を見ると唇が僅かに震えている。息をするのもやっとなようだった。
未だに折れないこの魔族の心はそれほど強いと言うのか。
ならば折れるまで追い詰めてみるのも面白いかもしれない。



「・・・・・・いいことを教えてあげよう。」



見てみたい。鍵を手に入れられるのなら何を犠牲にしようとも構わなかった。



「お前は、ビーレフェルトの家系だったね。
 ・・・父親はどこで亡くなったか知ってる?」

ぴくっとヴォルフラムの指が動いた。

「・・・・お前の父親も”鍵”だったんだ。」

ヴォルフラムの表情が固まる。何を言っているんだ。と

「私の父はずっと禁忌の箱の鍵を探し求めていた。
 陶土の劫火の”鍵”をね。
 そして何年も探してくうちに魔族の中でも火の魔術を得意とする
 ビーレフェルト家に目をつけた。そして”鍵”を捕らえた。
 しかし、箱は開けなかったそうだ。最後まで鍵の部位は分からなかった。
 父は何度も彼に拷問にかけ聞き出そうとしたが、お前の父は最期まで抵抗して
 答えなかった。・・・・そう父は私と違って対抗性がなくてね、
拷問するうちに
 痛ぶって殺してしまったそうだ。」

残酷な仕打ちをなんともあっさりと答えるものだ。
自分達の主君がこんな卑劣だと改めて感じて兵士達が息を呑む。

「・・・・・・・」

手が腕が身体がじんじんと痛む。痛みなど当に分からなくなっていたというのに。

あまりなことに告げられたことを真実だと思えなかった。思いたくなかった。

「う・・・そだっ・・うそだっ!!」

枯れた喉から必死に声をだす。そうでもしなければ、それが現実だと。
自分が、認めてしまいそうだった。

「本当のことだ。父は遺体を最後に箱に放り込んだそうだが、何も起きなかった。
 ・・・つまり、死んでしまったら”鍵”としての機能がなくなることが分かった
 父は請うたれたよ。鍵がなければ何の意味もない、ただの箱となるからね。
 『一度失われた鍵は再びこの世に現れるまでに数百年かかる』と言われていた。」

そう、私も諦めていた。禁忌の箱を持っていたって
開かなければただの箱。思いもしなかった幸運に笑みが漏れる。
そう私は手に入れたんだ。

「しかし、今ここに”鍵”であるお前がいる。
 ・・・・つまり、鍵は代々受け継がれていたんだ。
 要は魔族達が”鍵”の一族を守るための嘘の情報だったにすぎない。」



父上が鍵・・・?

殺した。 殺された。  ここで。   こいつらに・・・っ!!



嘘だ・・嘘だ・・っ  頭の中で何度も繰り返す。口から漏れる吐息は震えたままだった。

「さあ、お前はどうする?馬鹿な父親のように抵抗したまま死ぬか。
 言って、命だけは助かるか。」

もう一度会いたいのだろう?  ユーリに。



『母上、どうして、



  遠いとおいお空の上にいるのよ。』

















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