『ユーリは水の魔術を使えるんだったな』
以前ユーリと遠乗りに行った時、聞いたことがあった。

『なんだよ、突然。』
『水は恵みを与える。森に町に・・・民にも・・。
 僕は火だ。何も与えない。すべて奪う。・・すべて灰にする。』
『・・・・・ヴォルフラム』
 火は確かに戦闘では役に立つ。
 相手を追い詰めるための絶好の魔術だ。
 しかし、誰かの役に立つことなど・・・・。
『俺、おまえの火って好きだよ。』
『・・・ユーリ。』

そっと肩を引き寄せられる。
顔を向けるとはにかんだ笑顔で、あたふたと話はじめた。

『なんていうかな、あったかいっていうか、あ、ほら前に雪ん中で寒いって言ってた時
 あっためてくれただろ?』
『・・・それくらい、当然の』
『他にも・・俺の足元照らしてくれたり、・・何度も守ってもらった。』
『・・・・』
『それに・・!もし・・・もしもだぞ。ヴォルフが火が怖いって言うなら
 自分の力じゃどうしようもないって言うなら、俺が、俺が止めてやるよ。』



照れくさそうに言うユーリは太陽のようだった。



『なんてたって俺の魔術は水だぜ。火は水で消えるんだ! 
 な?だから心配すんなって。



     ……な?』








水中華_______________4






お前はどうする?馬鹿な父親のように抵抗したまま死ぬか。



そう言われた途端身体が動いていた。
無意識だったのか、それともあまりの悔しさに感情を押さえられなかったのか。

相手ももう動けないと判断してたようで
なんの受け身も取れていない。……いけるっ

しかし、伸ばした手はサラレギーに届く一歩手前で空を切った。

「あぐっ……!」

床に物凄い力で叩き付けられる。周りの兵士達にのしかかられ、
ヴォルフラムは打ち付けた胸の痛みに身をよじった。

「……驚いた。まだそんなに動けたんだね。」

サラレギーが感心したように声を出す。まさか動けるとは思っていなかった。
こんなふうに力を振り絞れるのなら、先ほど自分が起き上がらせた時もよほど振りほどきたかったに違いない。
しかし、もう今は目の前の相手をさらに煽ることしか頭になかった。
くすくすと笑いながら言葉を続ける。

まったく面白いことをしてくれるよ。お前も。・・・ユーリも。



「馬鹿な父親と言われたことがそれほど悔しかったのかい?」

……ヤメロ。

「ああ、それとも。そんな父親なんかと一緒にするなって?」

うるさい。

「そうだよね〜その馬鹿な父親が何も言わず死んだから、
君はこんな目にあってるんだからねぇ。」

その口はそんなことしか言えないのか。

なぜ、こんな奴に……っ

握り締めた拳にさらに力が入った。
「お前にっ…鍵は渡さないっ!!!」

目の前の相手を今までにないくらい強く睨みつける。

「例え死んだって渡さないっ。絶対にっっ!!!」

こんな奴に鍵なんて渡すものか!
ユーリだってそんなことはけして望まないし
きっとアイツも全力で止める。
例え、・・・・・それで、死んだって・・・・渡さないっ。



サラレギーが見下しながらゆっくりと歩いてくる。

「勘違いしないでくれないか。これは交渉じゃない。命令だ。」
 ……お前がその気ならこっちにだって考えがある。」

ニヤっと笑う嫌な顔。

「お前と一緒に捕まった、眞魔国の兵達どこにいると思う?」
さぁーと血の気が引いていく。

まさか……

頭の中で繰り返されるそれは

最悪の事態を予想してしまった。

「奴らを誰でもいい。一人連れてこい。」

ヤメロ

…………ヤメロッッ!!











「いつまでそんな所にいるつもりだい?」
「………村田」
船の先端に位置する甲板は少々肌寒い風が吹いていた。

「ずっとこんなとこにいたら風邪ひいちゃうよ。」
「・・・うん。でもじっとしてられなくて。」

自分だけ安全なところでじっとしてなんか、していられなかった。
ヴォルフラムが今どんな状況にあってるかもわからないのに・・。

「なあ、村田。・・・サラってさ、何がしたいのかな。」

船の進む先をじっとみつめる。傾き始めた日差しがキラキラと水面にゆれていた。

「・・・・・。」

「箱を開けたって、国が、この世界が壊れるだけなんだろ?
アイツはそれ知ってんのかな。」

「・・・・知ってると思うよ。」

「ならなんでっ・・・。」

「・・彼は力を欲していた。この世界を動かせる力を。」

「でもそんな力っ箱にはないんだろ!?」

「ないよ。・・・けど箱の力は膨大だ。
   ・・人は大きすぎる力を恐れる。自分たちに降りかかる火の粉となるのなら、なおさらね。
 どのみち箱はそんな使い方をしてはいけない。なんとしてでも取り返さなきゃ。
 もちろん箱も。・・・フォンビーレフェルト卿も。」



「・・・・ああ。」

取り返す。箱があの国にあるのならなおさら。

「さあて、じゃあそろそろ船室に・・。」

ようやく親友も納得したところで、ほんとに長居してしまったら身体が冷えてしまう、と
村田が託した時だった。

「なあ、村田。」

静かな声に呼び止められる。

「・・・お前、まだ俺に隠してることあるだろ。」

「・・・・・・。」

前ならきっと気づかなかった。
でもいまならわかる。彼の微妙な変化を。

「言ってくれ。」
村田がゆっくりと振り返る。

知りたい、どんなことでも。
それがヴォルフラムに関することなら、なおさら・・。



「君は、聞かない方がいいと思うよ・・。」

「・・・村田」

俺の意思が揺るがないのを伝わったのか、村田はため息を一つ吐くとぽつぽつと話し始めてくれた。



「フォンビーレフェルト卿の”鍵”の場所が問題なんだ・・。」

「場所・・・?」



「フォンビーレフェルト卿の鍵は『心臓』・・なんだ。」



「・・・え?」

心臓・・・?

「鍵は一度使ってしまったら、その機能は停止する。」

何を言って、機能?停止・・?

「つまり、箱が開いたら、フォンビーレフェルト卿は死ぬ。」



「・・・っ!!なんだよっそれ・・!!」

声が出た時には床にそれを吐き捨てていた。

死・・?死ぬ?



ヴォルフが・・・?・・・死・・。



「だからこそ、箱の開放はなんとしてでも止めなければならない。」



村田が続けて何かを言っていたが、その先は耳に入らなかった。













「やめろ・・・っ!!!やめてくれっっ・・・!!!!」

「うるさいなあ、・・・お前が鍵の場所を話せば止めてあげるよ。」

サラレギーはあれから奴隷にされていた、ヴォルフラムの部下を一人連れて来させていた。
まだ視界は回復していなかったが、それが味方の兵だということはすぐ分かる。



「彼らに何をするつもりだっ!放せっ!!」

「お前が強情だから、・・・このまま答えないようなら
 彼らを一人づつお前の目の前で殺してあげるよ。」

馬鹿な・・・・。

こいつは何を考えて・・・・





違う、何も考えていない、考えてないんだ・・!

だから、躊躇なく殺せる。

味方も敵もこいつには関係ないかもしれない。

でも今はそんなことどうでもいい。

止めなければ、こいつらを止めなければいけない!

動かない身体を必死にもがく。痛みなど気にしてられない。
血がにじみ出る。身体が言うことを利かないのがこれほどまでに悔しいことなどなかった。



「いいよ、やって。」

「やめろっ!・・・っ。どけっ!!お前達本当にこんなことが正しいと思うのか!?
 これがおかしいと・・!!こんな奴の言うことなどなぜ聴くんだっっ!!」

上で取り押さえてる兵士達に必死に声をかける。
だが彼らはびくともしなかった。

なぜ・・・・!なぜなんだ・・・・っっ!!!



目の前の影がゆっくりと振り上げられる。



小さい声で「閣下・・・。」と声がした気がした。



「やめろっっ!!知らないっ本当に知らないんだっ!!!」



「知らない?今更そんなこと・・・。」

考えてみればこいつは自分が鍵であることすら知らなかったようだった。

けど・・・今更・・。



「やめろっやめてくれっっ!!!!!」







静止の声もむなしく、影は容赦なく兵に振り下ろされた。







ザッ・・・。







「・・・・・・・あっ・・。」



手がガタガタと震える。



指にぬるっと感触が広がった。



生暖かいそれは・・・・・・・血・・・?



「・・・あ・・・・。」



「・・・・うっ・・・くっ」



こみ上げてきたものに、顔をおさえたまま床に押し付ける。







ユー・・・・・・リ・・・・。



ユーリ・・・・・・・・・・・・・・。







僕は、・・・どうしたら、いい?







もう、僕には・・・・分からない。

















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