「やあユーリ!よく来たね!心配したんだよ
 君が海に落ちたまま浮き上がってこないから」
「・・・・サラ。」

小シマロンについたユーリ達はほどなくしてサラレギーの元へ通された。

「ああでも良かった、ユーリが無事で」
「サラ、今日はそんな話をしに来たんじゃない。」

入るなり抱きついて来た身体を腕で引き離す。



「単刀直入に言う。・・・・ヴォルフラムを返せ。」








水中華_______________5






「ヴォルフラム・・・?・・ああ、ユーリの婚約者だっけ?」
「・・・ここにいるのは分かってるんだ。ヴォルフはどこだ?」



ハハッ彼がここに?とサラレギーは体をゆっくりと放し、ユーリに背を向ける。



「・・・サラ。」
「何のことだい?私はユーリの婚約者なんて知らないよ?」
「お前がその気なら勝手に探させてもらう。」
「・・たった二人で、かい?」


「お前が、入れさせなかったんだろっ。」



そう、一緒にいたギュンターたちは足止めさせられてしまった。
国に入っていいのは魔王と大賢者のみだと。

「だって、ユーリたちが悪いんだよ。」

サラは優雅なしぐさで王座につくと足を組みながら嘲笑うかのように話し始めた。

「あんなに兵を連れてきて、うちと戦争でもするつもりだったの?」

戦争嫌いな君が・・?まさかね。

「違う。俺は取り返しに来ただけだ。ヴォルフラムを無事に帰せばすぐにでも立ち去る。」



「・・それともう一つ。」

スッと俺の後ろに控えていた村田が前に出た。

「禁忌の箱、・・・恐らく”陶土の劫火”をこの国は持っているね。」

ぴくっとサラの指が動く。

「その箱は元々眞魔国の物だ。できれば返してもらいたい。」

「・・・・ただで返すとでも?」

「そうだろうね、けど君達ではあの箱は制御できないよ。この国にあるより僕達が持って帰った方が安全だ。」

「ならば、貴方は箱の開け方を知ってるね?・・それを教えてくれたら、箱は返してあげてもいい。」

サラレギーの眼がキラっと光った。こいつは箱の開け方を求めている。

鍵もヴォルフラムも確実にここにいるだろう。

「・・・サラ!!箱を開けたって何にもならない!箱を開けたら、国が、この世界が!壊れるだけなんだぞ!?」



お前それ分かってんのか!?叫ぶユーリにたいしてもサラレギーはいたって冷静だった。

「・・・・ユーリはこの世界が好きかい・・?」

「何、言って・・。」

「私は嫌いだよ。・・・だから箱を使って全てやりなおすんだ。」

すべてやり直す。
つまりはゼロからのスタート。
一度汚れてしまった世界は中々元には戻せない。

・・壊せば、・・それも可能かもしれなかった。





「そのための力が私は欲しい…」

サラが右手を見つめながら微笑んだ。



「箱を手に入れたって、そんな力は手に入らない!お前が望む力なんてこの箱にはないんだよ!!」



ユーリの言葉にその場はしばらく沈黙が訪れた。

「………だったら、ユーリが壊してよ。」
サラが何か言っていた。しかし、その呟きは小さすぎてユーリ達には届かない。
兵に何かを指示してる、間に俺は村田にヴォルフの居そうな場所を尋ねた。
「村田、ヴォルフラムはここにいるんだよな」
「ああ、間違いないと思うよ。彼の反応からして監禁、もしくは・・」



だが、その推測は突如開け放たれた扉によって遮られることになる。



ドサ・・・っとユーリ達の前に何かが投げ出された。



横たわる黒く焼け焦げた身体。

色あせた床に無残に散らばる金髪。

ユーリは信じられない光景に目を見張った。

「・・・・ヴォル・・・フ・・?」



会いたかったのだろう・・?
ユーリ。

最愛の婚約者に・・。

思ったとおりの双黒の魔王の反応に笑みが漏れる。

「最初は随分と抵抗してね。大人しく言うことを聞けばいいものを  何度拷問にかけても鍵の場所を言わないんだ。
 おかげで、私も何人もの兵を失ったよ。」

周りの兵達数名が息を呑む。お前の命令でその口で殺したくせに、と。



ユーリがそっとヴォルフラムを抱き上げた。

「でも、3日ほど前からパタリと動かなくなってね・・。もう死んでるかもしれない。」

きっとこの魔王は大切な人物の死に、何もしないでいられないだろう。

さあ・・・あの時のように強大な魔力を解き放って?





サラの言葉なんてもう聞いてる余裕なんてなかった。

ただ目の前のぐったりと血の気のない身体を震える手で支える。

体中が傷だらけで、これまで彼がどれほど
辛い目にあっていたのかと思うと、胸が痛いほど締め付けられた。

視界が次第に滲む。

「ヴォルフ・・・・ヴォルフラムっ。」

必死に出した声はただ彼を呼ぶことしかできなくて。

『ユーリ』

いやだ・・・・・いやだ・・・っ

ゆっくりと首を振る。
この状態を・・・これを現実とはけして思いたくなどなかった。
揺れた拍子にぽたぽたとヴォルフラムの顔にたまった雫が落ちる。

『ユーリ、きっとお前を守ってやる』

守ってなんてくれなくていい。

『お前は立派に魔王をやっているじゃないか』

やってなんかいない、やれない。お前がいなきゃ。

『まったく、ユーリは本当に。』

ああ、そうだよ。へなちょこでもわがままでも好きに言ってくれていい。
いいから・・・!

『大丈夫だ。』

大丈夫なもんか・・お前がいなきゃ、お前がいなきゃ何の意味もない。
俺は魔王なんてできない、お前がいないのに、皆のために前に立つことなんてできないんだ・・・っ。



「・・ヴォルフラムっ・・・・。」

「そうそう、こんなことも言っていたな。目の前で彼の部下を殺してあげたら
 もうやめてくれと、いっそのこと殺してくれ、とも泣き叫んでいた、かな・・・?」

「・・・・・っ!!!」

その瞬間サラを思いっきり睨みつけ俺は叫んでいた。



「・・・俺が・・!!・・・こいつがっっ・・・・!!!
 お前に、何したって言うんだよっっ!!!!!」

「答えろよ・・・っ!!・・・サラっっ・・・!!!!!」







シーンと静まり返る城内。
だが、サラレギーの言葉はユーリに信じられない言葉を淡々と続けた。

「私を失望させた。」

「・・・なっ・・?」

な、にを言って・・。

「彼には失望させられたよ。・・・せっかく待ち望んでいた鍵を手に入れられたのに
 肝心の箱が開かないんだ。なのに彼は私の思い通りにならなくてねえ。」

「・・お、前っ・・・!!」

信じられない、そんな、そんなことのためにヴォルフを利用しようとし
事もあろうにヴォルフにこんなひどい仕打ちをしたというのか。



もうだめだった。
いくらか頭で分かっているものの。
押さえつけていた感情が爆発寸前なのを感じる。

次第にユーリの周りに立ち上がる魔力に兵達が下がり気味になった時だった。

「渋谷・・・っっ!!!」

それまで後ろで身構えていた村田が俺の肩に手をかけると同時に
俺の魔力が強烈な勢いで開放される・・・。



来る・・・・・・!!

サラレギーは目を見張った。

突如、爆発でも起こすのかと思っていたところに大量の水がどこから途もなくドッと溢れ出してきたのだ。

ガラスは押し破られるかのように割れ
その水は濁流のようにユーリ達を飲み込んでいった。



ヴォルフ・・・っ。

ユーリは必死に腕の中の動かないな身体を抱きしめた。
けして、放さない。再び引き離されないようにきつく。きつく。

水はユーリ達の周りを取り囲み、まるでシャボン玉のように弾けると、
消えた。



サラレギーも周りの兵達も唖然とその場をみつめる。

消えた・・・・?

ユーリたちも・・・・鍵も・・・?

何もなくなったその中央を力なく見つめるだけだった。





「フフッ・・ははっ!」

しばらくして自然と湧き上がってきた声にサラレギーは思わず片手で顔を抑える。

消えた・・?消える・・・??

「・・・まさか、こんな芸当を見せてもらえるなんて思わなかったよ、ユーリ。」

せめてこの国を破壊してから消えてくれればいいものを。

鍵がなくなった今は・・・そう、振り出し。

「ただで、返すわけ・・・ないのにね・・。」

その声は誰にも届かなかった。







「ぷはっあ!」

「陛下!!猊下・・!?これはいったい・・!?」

「フォンクライスト卿!すぐに船を出すんだ・・・!!」

「・・・は、はい・・!」

ユーリたちが水によって送られてきた場所は、ギュンターたちが留まっていた、
小シマロンの岬の入り口に位置する海だった。
ギュンター達はすぐにでもユーリ達を引き上げると急いで船を出した。

「・・・ヴォルフ。」

「陛下、陛下も魔力を使ってお疲れなのですから、休んでいないと。」

その言葉にユーリはゆっくりと首を振る。
船の中にある一室のベットの上にヴォルフを寝かせ、ユーリはずっとヴォルフラムと繋いだ手を放さなかった。

「しかし・・!それ以上続けては、陛下が・・・!!」

「いいんだっっ・・!!」

ユーリはあれからずっと自分の魔力をヴォルフラムに送り込んでいた。
少しでも早く傷がいえるように。



ユーリたちが引き上げられた時にはヴォルフラムの呼吸は完全に止まっていた。

ユーリは必死にヴォルフラムに治癒の魔力を送り込み、きつく抱きしめ続けた。
周りの兵達も協力し、なんとか生を繋げることができている状態なのだ。安心はできない。

「俺は大丈夫だから、今は眞魔国に帰ることに全力を尽くしてくれ。」

どこが、大丈夫なものか、慣れない人間の、しかも法力の満ちた場所で3人もの転移を行ったのだ。
それに続けてずっと魔力を送り込んでいる状態。けして見守っていられるような状況ではない。

「・・・・陛下。」

「・・・・・。」

「・・・・分かりました。しかし、眞魔国についたら陛下も必ず、身体を休ませて下さいね。」

「・・・ああ。」



パタン、と扉が閉められる。

廊下の外で村田とギュンターが話してるのが聞こえたが、それも次第に消えていった。



「・・・ヴォルフ・・。」

繋いだ右手はそのままに、まだ青白い頬にそっと手を伸ばす。

いつしか感じた温もりが今はない。

「・・・ヴォ、ルフっ・・。」

手にギュッと力を込めれば、同じように握り返して来た温もり。

俺はまた、こいつを失うところだったのかと、

恐怖でいっぱいになった。

頬を撫ぜその顔をみつめる。

いつものぐぐぴは聞こえてこない。



早く・・・早く・・・ヴォルフの意識が、元気が、戻ればいいのに。
とユーリは繋いだ手に力を込めた。







「・・・・・っ・・。」

「・・・!?・・ヴォルフ!?気づいたのか!?」

急に聞こえた声にユーリはバッと顔をあげヴォルフラムの顔を覗き込んだ。

「・・・・くっ・・うっ」

「ヴォルフっ・・ヴォルフラム・・っ!?」

突然ヴォルフラムが苦しみだしたのだ。
意識のないまま、ハアハアと呼吸を荒くしている。
俺が何度声をかけても、その言葉は彼には届いていないようだった。



「・・・・っ!!村田・・!!村田ぁーーー!!」

俺は大声で彼を呼んだ。
この苦しみようは以上じゃない。俺と繋いでる手もきつく握り締めてきた。
もう片手はシーツに必死に指を立てている。

こんな彼をここに一人残して探しに行くなんてできなかった。
俺が何度も呼ばないうちに、村田とギュンターが部屋に飛び込んできた。

「渋谷・・!?いったいどうし・・!?」

「陛下・・!?」

「村田・・!!ヴォルフが・・!!ヴォルフが突然苦しみだして・・!」

最初はうなされてるのかと、も思ったが、そうでないような悪寒に身体が震えた。

「・・・これは・・・。」

「・・猊下分かるのですか?」

「・・・急いで船を戻すんだ・・!!早く・・!!」

「何を言って・・!?猊下!?我々は必死に・・」

「いいから早く・・!!彼が!フォンビーレフェルト卿が死んでしまう・・!!」

その言葉にギュンターが一瞬止まり、すぐに指示をするために部屋を飛び出していった。

「村田・・・・なん、何だよ・・何が起こってるって言うんだ・・。」

ヴォルフと手を繋いでいなければ俺がどうにかなってしまいそうだった。

「恐らく・・・彼は、呪をかけられいる。」

「呪・・・?」

聞きなれないその言葉に繰り返す。

「呪いの一種みたいなものだよ。恐らく、小シマロン、
 または人間の土地から離れられないようにしてあるのかもしれない。」

「なんで、だってヴォルフは魔族で・・。」

そうだ、彼が法力の強い人間の国で体調を崩すことなら、よく分かるし、何度も見た。
けど、眞魔国に帰るほうがヴォルフを死に追いやるっていうのかよ・・。

「うん、けど小シマロンには法力の強い使い手がいた、場合、そういう呪をかけることは可能だ。」

「・・・そんな。」

あまりな事に唖然と繋いだ手をみつめる。
ギュウッと握り締められた手はもうくっきりと痕ができていた。

「・・それを解くには・・?」

「掛けられた呪は掛けた人物にしか解けないんだ。・・もしくは意識的なものだから
 フォンビーレフェルト卿がその時の呪を完全に振り払う、または記憶を打ち消すしかない。」

・・・・サラ。

アイツはどこまで手を回せば気が済むだ・・。

こんなに誰かを憎んで、哀れんだことはなかったかもしれない。





しばらくして小シマロンの端に位置する大きな崖の下にきた。
ここならしばらくは見つからないだろう。
幸いにもその崖は大きな船をも隠し城が位置する陸の方からは見えないような位置だった。

「ヴォルフ・・・。」

ユーリはゆっくりとヴォルフラムを地面に降ろした。

船の中でしばらく様子をみたがあまり良くはならなくなったため、陸にあがってみたのだ。
崖の下は少し冷たい風が吹いていて、ヴォルフとユーリの髪を揺らした。

ヴォルフの荒かった呼吸が次第に落ち着いてくる。
苦しそうに寄せられた眉も力が抜けていった。

「村田・・・これって・・。」

「ああ、さっき話したとおりだと思うよ。」

皮肉なものだ・・。
法力に弱い彼が・・・いつも彼を苦しめてるこの土地が
彼の命を繋ぎとめることになろうとは・・。

その時、ヴォルフラムの指がぴくっと動いた。

ずっと待ち望んだ。
開かれなかった、その瞳が

瞼がゆっくりと開かれていった。

















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