「それで?どうやって抜け出して来たんだい?」



「え?あれ陛下達のお力じゃ・・。」
「ああ、じゃあやっぱり。」
「ええ。地下の牢屋にいたら、大量の水がすごい勢いで溢れてきまして、
 当然水浸し状態。見張りの兵も焦ってたので鍵を奪い、なんとかってとこです。」



そう言って大量に鍵のついたリングをヨザックは掲げた。



「わざわざ持ってくるなんて、さすがだね。」

「そりゃあもう。この先何があるか分かりませんし、持ってるにこしたことはないでしょう?」



ニカッと笑うヨザックにつられて笑いながら



村田は船の中に入っていった。



___この先何が・・・。



それがどんなに酷なことであっても、最悪の事態を予想しての計画は立てなければならなかった。



皆で無事に帰る。

彼の命。

皆の幸せ。

自分の使命。



ねぇ・・・?





君だったら、何を優先する_____?








水中華_______________8






「ユーリは・・・?どうなったんだ・・?」



船の一室の入り口。

ユーリが寝かされてる部屋の前で、ヴォルフラムは呆然と繰り返した。



「・・・今は、よく寝ていらっしゃいます。魔力の使いすぎが響いたのでしょう。
 しばらくしたら、時期に目覚めるはずです。」



「・・・・・。」



「心配でしょうが、貴方も先ほどまで生死をさ迷ってた身。
 今は自分の身を休めなさい。」

「・・・しかし。」



言うとおり休みそうにない、少年にギュンターはため息が漏れた。
少年の顔は今にも倒れそうなくらい真っ青だと言うのに。





「・・・・グエンダルから預かってた物があります。」



そう言ってギュンターが差し出した物は、一通の手紙だった。



「兄上から・・・?」

ヴォルフラムはそれを受け取るとかさっと音を立てて手紙を開いた。



[ ヴォルフラム、これをお前が読んでいるということは
 無事、陛下達と合流できたのだろう。

   お前の無事に心から感謝する。

   ”鍵”のことについては、いつか話さなければならないとも思っていた。
 このまま、知らないままですむのなら、それもいいと。

 だが、言わない結果が・・・・この悲惨な結果をもたらした。

 本当に、すまない。 我々3兄弟すべてに鍵を託されていたのを母上が知ったらどうだ?

 全て計画のうちだった。と。母上はああいうお方だ、我らの父上達をきっと本当に愛していたのだろう。

 眞王陛下が何を思ってこういう運命を定めたのかは分からないが、我らに鍵と箱を託されたのは確かだ。

 4千年前の創主が再び復活しようとしてるのかもしれない。 鍵を身体に持つ者だけが、封じられた創主を再び治められる。

   ならば、私達にできることはただ一つ。 創主の復活の阻止だ。

   だが、今は無事に眞魔国に帰ることだけに全力を尽くしてくれ。

 コンラートのいない今。陛下やギュンター達、大勢の兵達がいない眞魔国は危うくなる。

 誰かが、この国に残らねばならなかったのだ。・・・・できれば私もお前の助けに加わりたかった。 

 再び元気な姿で戻ってきてくれることを切に願っている。       兄・グエンダル ]





「あに・・うぇっ・・。」

「・・・・グエンダルも貴方の事をすごく心配していました。
 貴方が”鍵”として捕らえられたと知った時は顔を真っ青にして。
 同行するかどうかもすごく悩んでいたようです。
 結果、我々がいない間、眞魔国を守ることに全力をつくす、と。」



ギュンターは扉の前を通り過ぎ、ぽんとヴォルフラムの頭に手を置いた。

「貴方が無事で、本当に兵達も私も皆、ほっとしているのですよ。
 おかえりなさい。・・・ヴォルフラム。」



「ギュンター・・・。」

ヴォルフラムは涙が滲みそうになるのを必死に耐えた。
本当に・・・・たくさんの人に心配をかけた・・と。



王佐はそのままにこっと笑うと

「さ、陛下のベットの横にもう一つ寝台を用意しました。
 貴方もそちらで休みなさい。」



陛下が気になって、おちおち休むこともままならないのでしょう?
と、優しく微笑みかけてくれるギュンターにこれまでにないくらい、感謝と嬉しさで胸いっぱいになった。



ユーリに会える・・!



「ありがとう!ギュンター!」



この子にこんなふうに満面の笑顔を自分にむけてくれたのは何年ぶりだろう?
かつて剣技を教えた頃を懐かしく思いながら、ギュンターはその場を去った。







***************







キィ・・・。



と、なるべく音を立てないようにそっと部屋の中に入る。

部屋の中でぐっすりと眠ってる彼を起こさないように。そっと。

「・・・ユーリ・・・。」

手近な椅子を引き寄せ、ユーリのすぐ側に腰掛ける。

腕を伸ばし、綺麗な双黒の髪を解いた。



眠ってる姿は何度だってみた。

自分は彼の婚約者なのだ。それを権限にまとわり付いたのは自分だけれど・・。

いつだって、いつだって一緒にいた。

ユーリがこちらにいる間は少ないから、彼がいる間くらいは一緒にいたいと。
仕事だって早めに片付けたり、なるべくユーリがいない間に遠征をしたりと合わせたものだ。



泣いてる顔、笑ってる顔、怒ってる顔、拗ねてる顔。

どれも自分にとって掛け替えのないものだ。



大切な、ユーリとの思い出だ。



大好きなのだ。彼が・・・誰よりも・・・。



好きだって・・。伝えたくなったのは、いつからだっただろう?





***********







『渋谷には口止めされたんだ・・・。君には教えるなって。』



ユーリが倒れたすぐ後、船の中に入ってしばらく横にさせれていた部屋で
不安そうな顔をして、彼は伝えに来た。



『本当は今の君にこんなこと伝えるべきじゃないんだけど・・。』

珍しく歯切れ悪く話す彼に僕は上半身を起こすとゆっくりと首を振った。



『でも、・・・・僕たちが今一番に優先しなければいけないのは、”彼”だ。』



それはヴォルフラムも承知で迷いなく頷く。

『言ってくれ、僕にできることなら何でも。』

自分のせいで陛下や猊下達ををここまで危険な状態に巻き込んだのだ。

今の自分にできることなら例えどんなことでもやりたかった。



『・・・・”呪”がかけられてるのは気づいたかい・・?』

『・・・・呪・・?』

『・・・それが、問題なんだ。・・・君は眞魔国には帰れない。』



戻れないということはどういうことか、呪縛をかけた人物を見つけ出し、解かせる。

恐らくサラレギーなら知っているだろう。

・・・・再びあの城に戻らねばならないのだ。



それは”鍵”と”箱”が揃うということ。



『箱は、けして開けてはならないんだ。』



目の前のこの人物はきっと箱を開けたら何が起こるか知っている。

自分だって色んな書物、歴史で知らされてきた。

創主は復活させてはならない。と・・・。





それがどんなに危険なものか。

この世界が崩壊する。

山も川も土地も人も牛も薙ぎ払って滅ぼしてしまうという禁忌の箱。





『猊下、・・・僕が死んだら”鍵は”どうなる?』



もう、きっと自分はその問いかけの答えは知っていた。

何も自分が第一後継者な訳がないのだ。



けど聞かずにいられなかった。少しでもその可能性があるなら。と。





『・・・次の後継者に受け継がれるだけだ。』

やはり・・・。

父上も、もしかしたらその可能性にかけていたのかもしれない。
鍵がなくなれば箱は永久に開かなくなると。





ごめん、そんなつもりじゃっ。と顔を抑えてうつむく彼にそっと手を沿え首を振った。



『猊下、・・・・鍵を身体に持つ者だけが、封じられた創主を再び治めることができるのだろう?
 だったら、僕はできるかぎりのことをする。』

『フォンビーレフェルト卿・・・。』



ただ、悔しかったのはこの状況だ。



ユーリも魔力を消耗し、自分も立っているのもままならない状態で再びあの城に乗り込まねばならないとは。

ここで体力魔力共に回復するのを待っていたとしても捕まるのも時間の問題だろう。





そんな酷な状況に、命だって危ないかもしれない状況に

自分のせいでユーリたちを巻き込んでると思うと、ひどく切なくなった。



守らなければいけないのは自分なのに。

ユーリは僕が守る。

何度もそう誓ってきた。

一生尽くしたっていい。自分の生涯をかけてもいいと。

ユーリに全てを捧げたのに。

なのに、今ユーリたちを危険な目に晒してるのは誰だ・・?



他でもない、自分じゃないかっ。







*************









「ヴォルフ・・・・?」



静寂しきった室内の中でぽつん、と落とされた声に驚いて顔をあげた。



「・・・・ユーリ・・。」



「良かった・・・。目・・覚めたら・・お前いないんじゃ・・ないかって・・・。俺、心配して・・・。」

「・・・っ・・。」

綺麗な漆黒の瞳が輝いている。

自分は何度この人物に惚れ込んできただろう?



「なんで・・・



 ・・・・泣いてんの・・?」



そんな泣きそうな顔でお前が言うな。って返してやりたかったけど、伸ばされた手にそっと雫を撫でられて
もう声をあげてまとわりつくことしかできなかった。







________なあ、ユーリ。・・・お前はこの運命を呪うか・・?





”鍵”をまかされた人物の責任は重大だ。

一歩間違えば世界が崩壊する。





「ユーリ、ユーリっ・・ユーリっ・・!!」



「ヴォルフ・・っ。俺・・嫌だかんな。嫌だかんな!お前がまたいなくなんのはっ・・・。」





きつく抱きしめ合って、声を荒げる僕達を、窓から差し込む月明かりだけが、そっと、照らしていた。










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