『ねえお母様、あの箱の中には何が入ってるの?』

淡い銀髪を漂わせた少年はそう言った。

『あの中には希望よ。そうこの国を・・・私達を
 ・・もっと幸せにしてくれる。奇跡の箱なのよ。』

『奇跡・・??』
『ええ。きっと貴方にも素敵な幸せを運んでくれるわ。』

少年は目を輝かせてその箱をみつめた。

『幸せ・・』

************



『いやああああああああああっっ!!!』

ガシャーーンッッと派手な音を立て
ガラスが割れる。

『お、落ち着いて下さい!女王陛下っ!』
『いやっいやっいやあああ!あの子が・・・あの子が私の子なんてっ』
『・・陛下っ!!』
『いらないっいらないわっ』



4歳の時だ。



私に法力がないのが分かると母は豹変した。

『あんな子っ私の子じゃないのよっっ!!!』



「どうして・・・・どうして・・・??弟のイェルシーは側に置いてるのに・・・。



      どうして・・・・。



   私は、捨てるの・・・?



母上______________。」










水中華_______________9






殺せ。



そう、躊躇なく言えるようになったのは、いつからだったか。



もともと感情なんてものはなかった。

物心?そんなもの。



大してつくまえに捨てられた私には不要な存在だった。



『・・ねえ?父上・・・。どうしてあの人動かないの?』

小さい頃、不思議だった。

今までそこで、普通に笑ったり稽古してた人物が床で寝てるんだ。

最初は寝てるだけだと思った、

けど違う。



______モウウゴカナイ。



『もう死んでるからだ。』

『死ん・・?死ぬと・・・もう動かないの?』

『ああ。・・・おい、早くこいつを・・。』



はい、と控えめな返事と共に後ろ手に引っ張られた。

動かない”死体”から離されていく。



『ねえ?どうして死んだの?』

手を引く目の前の兵に聞いてもその答えは返ってこなかった。



邪魔だと殺すの__________?



その意味が分かったのはいつだっただろうか。













『おかしいだろ!?・・・そんなの!!』

前から気になっていた、双黒の魔王。

『こんな・・・!罪もない人を犠牲にして、そんな戦争なんて争いなんて間違ってる!』

双黒というだけで、かなり貴重だというのに、

『俺はこんなの認めない。誰も犠牲になんてしたりしない!!』

彼の意見は私には理解しがたい、聞いたことのない意見ばかりだった。

『馬鹿だね・・。ユーリ。反対する奴は殺せばいいじゃないか。それで万事解決だよ。』

『ダメだ。そんなの間違ってる間違ってるんだよ!!』



私の意見に悉く反抗する、何が間違ってるっていうの?
優に私はこうして国をまとめてきた。
父上は・・・同じやり方をした小シマロンは独立できたんだ。

禁忌の箱だって手に入れた。
もう鍵だってここにある。

もう君一人のちっぽけな意見なんて押し通せるはずが、ないじゃないか。



なのに君はちっとも諦めない、強い瞳、意志を向けてくる。



君の事を簡単に殺そうと思えないのは・・。これ以上どう足掻いてくれるのか楽しみだからなのか・・・。













「サラレギー陛下、__様がお見えです。」

無機質な王座に一人の兵の声が響いた。

足音からすると2人。近づいて来てるのはわかったが・・。



「ちっ・・。またか・・・通せ。」



最近よく見える自分に不愉快な感情しか与えない人物が来たことに自然と気分も下がる。



「イェルシー・・・・・なんのようだ。」



「ぁに・・うぇっ」



たっと駆け寄ってくる人物にキツイ視線を向ける。
私は会いたくなどないのに・・っ。

「その名で呼ぶなっ」

近くまで来たところで腕で払いのける。

突然のことに体制を崩した少年はそのまま床に座り込む。



「私はお前を弟と思ったことなどないのだからなっ」



嫌いだった。私から何もかも奪ったこの少年が・・・。





「・・・・ごめんなさい、あにっ・・・サラレギー陛下。」

払われた腕をそっとさすりながら、顔をあげられずに謝罪の言葉を述べる。



何しに来た・・?そう視線だけで告げれば、無表情な顔がそっと上げられた。





「・・・・鍵を手に入れたって本当?」





「誰に聞いた・・?あの女か?」





ふるふる、と首を振り否定する。

こいつのことだ、嘘ではないだろう。

しかし引っかかる。そう漏れる情報ではないはずだ。

とくに口止めしたつもりはないが、これが大シマロンに伝わればやっかいだ。

奴らのこと、箱と鍵を奪いに来るだろう。

・・・・それまでにこちらが箱を開けてしまえばいいのだが・・。







「・・・・・・まあいい。 ______そうだイェルシー、お前は縛りの法術を使えたね。」



そうだ、こんなところに一番”使える”相手がいたじゃないか。

”鍵”をこの地に繋ぎとめる強力な法術を使える人物が・・・。



「かけて欲しい相手がいるんだ。」

その言葉にゆっくりとイェルシーが顔を上げた。

「そいつに術をかけてくれれば、今日一日は兄と呼ばせてあげる・・・。」

口元をそっと緩め浅い笑みを浮かべるサラレギーに期待の込められた瞳が重なった。









「この魔族だ。」

地下室の大きな広場。 中央にはあの”箱”がある。

イェルシーの目の前には無残に転がる。

金髪の魔族がいた。



「死んでるの・・?」



「いや、まだ息はある。___殺してはいけない、・・こいつが”鍵”だからね。」

こくり、イェルシーが息を呑むのが分かった。

「こいつに縛りの法術をかけて欲しい。・・・できるかい?」



それにゆっくりと頷くとイェルシーは両手を、その魔族に添えた。



そう、こいつに法術をかけさえすれば_________





目を閉じ、念じるように法力を集めていく。

しだいにその両手が光だし、力がたまっていった。

「・・・・・うっ・・。」

目の前の魔族が軽く身じろぐ。





かけられる法力に痛みでも感じるのだろうか?

そういえば、こいつは法石にすら、簡単に押さえ込まれるくらい強い魔力を持っていたようだが・・。

それも押さえ込まれ、力を発揮できないのなら、何の意味もない。

「・・・・うぐっ・・・っ!!」

呻き声が漏れ軽く身体が跳ねる。





「死ななければいいんだよね・・?」

イェルシーが体制はそのままに兄に視線を向ける。



「ああ。・・・殺すな。」

薄く笑みを浮かべながらこの状況を楽しそうに見る。



「ぅ・・っあ・・ああアアアアっっっ_______!!」









_________________









ぞく・・っ。





「ヴォルフ・・?」





背筋を嫌な汗が伝う。

急に襲った悪寒に身体が小刻みに震えだす。



ユーリたちは移動中の馬車の中だった。

船で身を潜めていられるのも時間の問題だった。

いずれ見つかって囲まれ、再び捕らわれの身になるのなら。 と。



真正面から少シマロンに乗り込む案を出したのはつい先ほどのことだ。









「どうした?顔色が真っ青だ。」



隣に座っていたユーリが心配気にヴォルフを覗き込む。

肩に手を回されそっと背中を撫でてくれる。



やっぱり、まだ休んで・・。と横にさせようとするユーリに



「 ・・・いや、大丈夫だ、すまない。」

それだけ返すのがやっとだった。



手が身体が震える・・。

込み上げる吐き気と悪寒に口元に手をやった。

なんだ・・?急に・・・。まるであの時のようで・・・。









「・・・・・・。」(だからって・・。震え止まってないじゃん。お前。)



正面に・・・いきなりユーリの顔が現れたかと思えばそのままぎゅっと抱きしめられる。

ユーリの肩に頭を預けられ、そのまま包み込むように腕を回された。

「・・・ゆーり・・?」





「・・・・無理、すんなよ。 お前に今度なんかあったら俺は、」



じわ〜



何かが、そっと湧き上がってくる、感じ。

この感じには覚えがあった。体中の熱が・・力が・・少しづつあがって・・。

「・・ヴォルフ・・。」



「・・・!!・・ヤメロっ・・!!」



どんっ!ユーリを勢いよく突き飛ばす。



「・・って!」

「・・ぁ・・・。」

床に軽く尻餅をついたユーリに罪悪感を覚え、ちらつく胸の痛みを無視してそっと手を差し出す。

「・・・すまない・・・けどっ・・・。これ以上ユーリに・・魔力を使ってほしくないんだ。」

それは一番恐れていたことだった。

「・・・・・・・。」

あの時、目の前で倒れてくユーリを目にした瞬間、自分の中で何かが崩れていってしまうような
今まで感じたことのないくらいの恐怖を感じた。

失う_________。





「もし、僕のせいでユーリがどうにかなってしまったら、」

大人しく横に座りなおしたユーリには視線は向けられず、繋いだ手はそのままにヴォルフラムは床を見ながら続きを話した。

「きっと・・僕は耐えられない。」

きゅっと握った手に自然と力が入った。同時に、泣きそうに顔が歪んだ。



無くしたくない、けして、このぬくもりを。

この大切ない人を。

生涯を尽くしてでもこの人物に全てを捧げると誓ったのに。

それが、自分のせいで死に追いやるなど・・・・。





きっとそれは死ぬより辛いから。





「・・・分かった。使わない。使わないから・・。」

だから、お前もそんな顔すんなっ。
って言ってくるユーリが泣きそうだった。



再び引き寄せられ優しく抱きしめられる。

今度は魔力を使う気配はない。



「大丈夫、・・・大丈夫だよ。」



__________前なら・・。

そう、励まし、元気付けてあげられるのは自分だったはずなのに・・・。



「ユーリ・・・・・、、、だ・・。」





大好きな貴方へ・・・。



伝えられるのなら、今だけは・・・・・。









_______________









「サラレギー陛下」



「どうやら魔族達を発見したようです。」



「そうか・・・・。」

あれから・・・。

ユーリたちが鍵を取り返しに来て、城中水浸しになり、奴隷達にも逃げられて散々だったが

やっと、自分達にとって喜ばしい朗報が入った。

イェルシーが掛けた術により、”鍵”はこの地を離れることはできないはずだから。





「ならば兵達を連れて行って鍵を捕らえよ。抵抗するなら皆殺しにして構わない。」



ユーリを無くすのは惜しいけど。

もうこれ以上手間をかけるのは御免だから。

鍵さえ手に入れば私の計画は達成するのだから。

そう、あの女にも______。





「・・・・・できません。」





「・・・・。」



「これ以上・・・犠牲を増やしたくありません。」

震える手を握り締め・・何を言い出すかと思えば・・・。



「やれやれお前には術をかけないでいてあげたのに。」



「・・・貴方のやり方は間違っています。これ以上!・・っ。」



サラレギーがゆっくりと掛けられていた眼鏡をはずし、訴える兵に近づく。

「私に歯向かえばどうなるか分かってたはずだろう?」

刀を取り出し襲い掛かろうとする兵を、脇にいた二人の兵が抑え込む。

「馬鹿な男。今まで通り大人しく言うこと聞いてればいいものを。」



サラレギーの両目がパアーと光、兵がその目から目を反らせなくなる。



「う・・あ、あ、あああああああああああっっっ!!!」



叫び、力が抜け倒れ込む兵を取り押さえてた二人は床に投げ捨てた。





これでまた・・・言葉を交わせる人間が一人減った。



眼鏡を掛けなおし、取り押さえてた兵達に下がるように命じた。



そう、ただそれだけだ。



何も変わらない。



変えられない。



一度決まってしまった未来は、・・・そう簡単には誰にも、変えられないんだよ。



ユーリ________。



それでも君は足掻くかい?



この状況を、この現実を、全て押し破り、君の望む平和を、この世界に________









くら・・っ



「兄上・・・っ」



「・・・触るな・・!!」

急に足元が覚束なくなったサラレギーは自分より一回り小さい人物に支えられた。



「法力の使いすぎは命にかかわると母上が・・・」

「・・・・っ・・!!」



その言葉を聞いたとたん、目の前の弟を勢い欲弾き飛ばす。

ダンっ!!

この前よりも強く床に叩きつけられる。



「私の前であの女の話しをするなっっ!!」



「・・・・・・・。」



そう告げる、サラレギーの瞳には強い憎悪の感情しかこもっていないようだった。



「・・・イェルシー、お前も早く帰れ。・・・・・・でなければ貴様も殺すっ。」



顔を抑え何かを抑えるようにして必死に伝える兄を。

イェルシーは悲しそうに見ると、そっとその場を去った。





もう、僕達にはこんな道しか、残っていないのか________。





ねえ。・・・・誰か・・・。誰か・・・・。助けて・・・・。





誰か__________。










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